exコマンド▼主上のある一日

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「教会の視察に来て、今から王都の外に出るとは……」 「悪い。しかし、このまま放っておく訳にもいかないだろう」 「気にされるようであれば、誰かに送らせても良いのでは……」 「まあ、視察、だな」 「はあ……」  シトシはライコウと会話をしていた。  シトシが王都の外れにある教会を偶然視察しつつ、何気にセラム教のシンボルである『碧の玉』を眺めようとしたところ、少女ーープララを見つけた。  プララは『碧の玉』に何事か熱心に祈っている様子で、はっきりと言葉は聞き取れなかったが『助けて』という言葉だけはわかった。  プララはすぐに言葉を出せないようで、シトシは暖かい飲み物を用意させ、落ち着くのを待った。  プララから少しずつ話を聞くと、どうやら母親が病気で困っているらしい。プララのさめざめと泣く姿と、痛々しい足を見てしまうと、シトシはそのまま見捨てるわけにはいかなかった。  シトシがライコウの声で『目覚めて』から三ヶ月が過ぎーー、シトシは現在、視察の毎日を過ごしている。これまで、王都すら自由に歩いたことがなく、都民の暮らしぶりを知ることがなかった。王都の風に触れ、初めてわかることが多かった。  魔法科学というのかーー、文明は驚くほどレベルが高い。シトシの記憶にある現代日本と比べてもなんら遜色がなく、海外旅行に来ているような錯覚に陥る。騎士や魔法使いを見て、自分がそういう世界にいることをようやく自覚できるくらいだ。  ただ、驚いたことに貧富の差からくる生活レベルの差が激しい。王都に暮らす者は豊かな魔道具で便利な生活を送っているが、王都の外れにある貧民街や王都から離れた村などでは不便な生活を強いられている者が多いのだ。  さらに、一番衝撃を受けたことが『命の重み』が違うということだった。魔物がいて、他国との争いもある世界である。仲間が命を落とすことなど、珍しいことではない。プララのような、か弱い命は軽視されがちなのである。 (だがーー)  シトシは思う。プララのような幼子は、守られるべきだ。闘いで命を落とす者と同様、親を失った子供も自給能力が無ければ死んでしまう。命が軽い。ここは、それが当然とされる弱者に厳しい世界であった。 (それは違う気がする)  世界の成り立ちが違う。歴史の歩みが違う。それはわかる。  だからこそ、シトシは ーー小さい子供を庇護する機関を設立する ということを決めていた。  これは、この世界の感覚とは乖離した目標なのかもしれない。だが『シトシ』という、この世界にとってイレギュラーな人間が存在する意義は、そういった所にあるのではないかーー。 (なんにせよ、見捨てることはない)  弱者救済ーー。耳障りの良い言葉ではある。  本来、シトシがやるべきことは少数を切り捨てても大多数を救うことだ。この場で一人の少女を救うことよりも、玉座にいて大多数を救う政策を進めることが責務なのである。が、今はこの少女に対して手を差しのべることを優先したい。 (わからないものは、わからない。今は、思うままに動く)  シトシは、思いきって開き直ることにした。熟考しても、正しい道が見えない。思い至らない。であるならば、人情的に考えて、関わってしまったことを優先する。  プララのことは、指示だけ出すのがスマートな方法であろうし、その方が臣下に負担をかけないことはわかっているのだが、自分の気が済まない。  今は色々やってみて、後で反省する。そう決めている。  ちなみに、シトシの帰還が遅くなることで護衛騎士や身の回りの世話をする侍女たちの負担が増す。せめてもの償いとして、特別手当ては出るようにはしている。今の期間だけは、涙を呑んでもらう……。  手配した馬車に乗り込みプララの村へと急ぐ途中、シトシは、目を丸くして理解が追い付かない様子のプララに、母親の様子や村での暮らしぶりを尋ねる。  プララはポツリポツリと喋るが、慣れない馬車に落ち着かないのか母親が心配なのか、上の空である。 「…………」  シトシはプララとの会話を打ち切り、ライコウ相手に予備知識を仕入れ始める。ライコウは知識が豊富であり、近隣の街や村の情報にも精通していた。 (凄いものだ)  シトシは素直に感心し、今までその知識の使い道を得られてなかったのは何故だろうかと軽く驚く。幾人もの文官や武官と会話をしても、ライコウほど博識な者はいない。ひとつの分野で深い知識を持つ者はいたが、ライコウの知識は広く深い。しかも、そこから将来起こるだろう事柄を予見して話しに加えてくるため、凄まじいものがあった。  もちろん、違和感のある内容もあったが、理路整然とした仮説を聞くとデータに裏付けされた精度の高いものだと思いしらされてしまう。 「そもそも王都周辺の街や村には……」  ただ、人付き合いに難があり、空気が読めない。話も下手であり、余計な話題も豊富である。今も、プララをそっちのけで自分の話に夢中になっていた。  それ故に今までは活かされていなかった『人財』なのだろうと、シトシは妙に納得する。 「もうすぐ到着します」 「わかった」  プララの村に間もなく着くと告げてきたのは、獅子鬣将軍である。 シトシは獅子鬣将軍に頷き、ライコウとの会話を打ちきった。プララに『もうすぐ家に着くよ』と声をかけると、馬車の窓から外を気にする素振りを見せ始める。よほど心配なのであろう。シトシは胸を痛めた。  なお、シトシが乗る馬車にはシトシ、ライコウ、プララの他に獅子鬣将軍も乗車していた。彼は未だに『将軍』と呼ばれる身であるが『退役した身』と軍務からは一線を引き、頸部の負傷が癒えてからは主にシトシの護衛を務めている。  馬車の手配をしたのも獅子鬣将軍であり、馬車の御者から、周囲を固める護衛も全て獅子鬣騎士団の手練れだ。  象牙将軍のクーデター以来、セイシン王国の軍を編成し、立て直しを進めているのは獅子鬣将軍の実子であるセイガ将軍であるが、獅子鬣将軍も軍事顧問として助言をしていた。そんな獅子鬣将軍はシトシの護衛を務めつつ、近衛騎士団をまとめあげている。  右に護衛兼軍事顧問として獅子鬣将軍、左に知恵袋兼解説(?)としてライコウという布陣がシトシにできあがり、視察の日々を過ごしているのである。
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