exコマンド▼主上のある一日

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 やがて開けた場所に馬車が誘導され、先行していた騎士たちが森の外れにある村の中へと案内する。獅子鬣将軍は騎士や魔法士を先行させ、プララの家族や村人にプララの帰りを知らせている。家人が心配しているだろう、というシトシの配慮である。  また、魔法士も先行させているのはプララの母親の治療を考えてのことである。プララの言葉が真実であれば魔法ではプララの母を癒すことはできない。だが『少しでも症状が改善させたい』という目論見があり、シトシは病気などに対応可能な魔法士を手配した。  馬車が止まり、扉が開けられるとプララは一番に降りる。獅子鬣将軍、ライコウの順で降車し、最後に降りたシトシはひやりとした外気に触れて身を震わせた。  プララが小走りに先行し、案内役の騎士も同じ方へ足を進めるが、表情が固い。シトシはその様子に悪い予感がしたが足を早めた。  程なく、ある一軒家を騎士が示すが、人だかりができている。家の周りにいるのは村人なのだろう、プララを見かけると道を開けた。 「…………」  プララも異変を感じ、駆け出していた。  シトシは雰囲気を察し、状況の説明を騎士に求めた。 「……はい、少女の母親ですが、危篤です」 「……ッ、そうか」  シトシは衝撃を受ける。 「中で、キリクが診ていますが打つ手がないようです」 「そうか……」  騎士が、魔法士の名前を告げてシトシに説明を続けた。  キリクというのは『謁見の間』で、頸部から血を流す獅子鬣将軍を必死で治療していた魔法士である。獅子鬣将軍と同じく、キリクもまたシトシに近侍することが多くなった。 「……」  シトシは迷ったが、プララの家の中を窺う。  扉から入ると正面が居間になっており、数人の村人がいた。そのすぐ奥に部屋が続き、中を覗き込んでいる者が数人おり、プララの母親はそこにいると思料された。  シトシの鼻腔に、ツンとした薬品の匂いが入ってくる。キリクの所持していた魔法薬だろう。かなり強いものを使っている。 「…………」  シトシが立ち竦んでいると、室内からキリクが無言で出てきた。シトシの姿を認めると、なにか言いたげな仕草を見せたが顔を伏せた。  キリクに続き、老婆が室内から出てくるが顔が暗い。シトシたちを一瞥すると会釈をし、室内の村人たちに『あとは家族だけで』というようなことを口にした。他の村人の反応を見るに、老婆は長老格のようだ。  シトシのいる場所からは、室内の様子があまり見えなかったが、ベッドが置かれているのはわかった。その足元にすがりつくようなプララーー。 (プララの母親は、あのベッドに寝かされているのか。なんとか治療してやりたいが)  シトシがキリクの方を向くと、キリクは首を横に振った。  キリクはこの国で一流の治療魔法士である。そのキリクが魔法だけでなく薬品も使用していた。打つ手がなかったのだろう。キリクが打つ手なしと判断したのならば、シトシにできることはない。 「力及ばず、申し訳ありません……」 「いや、よくやってくれた」 「この女性の病は、少なすぎる魔力が更に少なくなっていくというものです」 「……!?」  キリクの見立てに、シトシは目を見開いた。  プララの母親を蝕むものは、魔力に関する病である。それならば、獅子鬣将軍の病を治療したシトシになにかできることがあるのではないか。 「先般、陛下は獅子鬣将軍の奇病を打ち払いましたが、この病は、また異なる難しさがあるのです。獅子鬣将軍の場合は傷の回復の他に大きすぎて荒れ狂う魔力を抑えるものでした」  キリクがシトシの考えたことを察して、説明を始めた。  シトシはそのまま説明を求める。  「この病は、少なすぎる魔力を補わなければならないものです……。未だに解明できていない陛下の『人を回復させる』スキルですが、例え一時的に元気を取り戻しても、自分で大気中の魔素を取り込んで魔力を生成できなければ、すぐにでも枯渇してしまうでしょう。それに、もう遅すぎますーー」  キリクの沈痛そうな表情に、シトシは息を呑んだ。  確かに、シトシのスキルがプララの母の病状を改善できるとは思えない。しかも、プララの母は今際の時にいる。プララには気の毒であるが、魔石による治療や霊薬投与でも救うことはできないのではないか。なにより、手を打つ時間がない。 「…………」  無力感に苛まれたシトシは、プララとその母親の姿を脳裏に焼き付けようと思った。女性の寝室に踏み入ることに抵抗があったため、開いたドアから薄暗い寝室に目を向けるだけに留めーー、 「ーー!!」 ようとして、プララと目が合った。  狭い寝室のベッドに横たわる女性ーー、顔色は悪くないように見えるが頬がこけ、袖から出ている手首が細い。なにより、目は閉じられ小刻みに呼吸をしている様子が、シトシにもどういう状況にあるのかを痛感させた。  プララの手は、母の手に添えられていた。扉の側に姿を見せたシトシに気付くと、涙を頬に一筋流した。 その唇が動く。  ーー神様、助けて  シトシには、声にならなかったプララの悲痛な叫びが聞こえた。  シトシの頭の中が、真っ白になった。  キリクは、シトシが部屋に入ろうとしたのを見て、魔法の灯りを作った。魔力を使い果たしていたため、その場で、つい膝をついてしまうーー。  獅子鬣将軍は、シトシがプララの母親に歩み寄る姿を確認し、口元に笑みを浮かべた。そして、膝を折るーー。  ライコウは、シトシが進んだため、あとに続こうとして、つまずくーー。  その様子を見ていた護衛の騎士たちは、すっと膝を折って顔を伏せるーー。  居合わせた村人たちは、何事か、と明るくなった室内に視線を向けてーー。
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