第一コマンド▼謁見の間で、どうするーー▼

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「すーはー、すーはー、コホン……」  シトシは呼吸を整え、咳払いをしつつ状況把握に努めた。  自分はイスに腰掛けている。一段下がった左に蝙蝠男と象男、右に獅子男が立っていた。室内を見渡すと、豪華な内装の部屋であり、西洋の謁見の間といった雰囲気だ。ただし、それほどの広さはない。会議室くらいか。  内装の感じは西洋のものでも和風でもなかった。一番しっくりくる表現は、和洋折衷か。もしくは中華風だろうか……。 「……」  シトシは目の前がチカチカと点滅するのを感じ、眉間を押さえた。状況を把握しようと思いつつも、意識が鈍い。  あと、視界に男しかいないという点が気になる。華やかさに欠ける。まったく面白くない。 「主上よ! 申し上げます!」 (あ、はい、どうぞーー)  くだらないことを考えていたシトシが、声のした方に目をやり、頷く。  蝙蝠に象、獅子の他に鼠……もとい、小男がいた。膝を折って身を小さくしているため気がつかなかったが、シトシと向かい合う形でその小男が大音声を張り上げてくるのだ。 小男はシトシのことを『主上』と呼ぶーー。 (そうか、俺は王だった。この、セイシン王国の王だ)  シトシは、鈍い頭で徐々に状況を整理させる。  シトシは大陸の中央部に位置する、セイシン王国の王だ。前王ーー、シトシの父が急死したため、弱冠17歳で王位を継いだ。 「はっ! 臣ライコウは申し上げます!」  シトシの思考を遮るように、小男ーーライコウはシトシの方を見据え、発言を始めるーー。  その内容を端的に列記すると、 ・『暗愚』と揶揄される若年王シトシの王政が始まって一年になる ・シトシの元、前王時代の政治腐敗を立て直そうと閣僚以下奮闘中である ・民は歯を食いしばり国のために働き、兵は身を削って他国や魔物から民を護っている ・蝙蝠宰相と揶揄されるキースが権力を握り、政治を我が物としているため賄賂や横領が横行している ・キースを支持する象牙将軍が怖いため、誰もキースに手出しできない ・誠実で名を知られる獅子鬣将軍も様子がおかしい ・これでは我がセイシン王国の未来は暗い ・蝙蝠宰相と象牙将軍を退け、王道を歩むべし という内容だ。  ーー『主上』と呼ばれる一国の王であるシトシ。覚醒すると、なかなかハードな環境下にあった。 「…………」  シトシは自分の置かれている状況を把握し、反応ができずにいた。  ーーシトシは王子として生を受け、これまで不自由することなく育つ。高度な教育も受けており、王になるために必要な帝王学を修めている。が、物事の本質を見抜けず上辺だけしか修得できていないのだった。  例えば『臣下の言葉を良く聴く』ということを、シトシが学んだとする。そのうえで人の言うことを聴いても、シトシはそれが正しいのか判断できずに迷うのである。そして、行動に移せない。もしくは言葉の意味を理解できず、的外れな反応を返してしまう……。  周囲の者から見れば、打てば響かないシトシはいてもいなくても同じ、お飾りの王であったーー。そうして『暗愚』と呼ばれるようになる。  そこで躍動するのが、蝙蝠宰相のキースであった。キースは派手なパフォーマンスで耳目を引き、政敵は蹴落とし、追従する者には利権を与える……。そうして先王代の頃から宰相として思うままに振る舞っていた。  悪いことに、象牙将軍とも結託していたため敵無しなのだ。  シトシの扱いも巧みであり、キースは自分の都合が良いようにシトシを誘導する。シトシはシトシで、正しいことを判断する能力が欠けていたため、甘言を弄するキースの言いなりになってしまう。依存度は日増しに高くなっていた。  ーー悪の宰相が、暗愚な次代の王を傀儡にする。国が傾く、典型的なパターンではなかろうか。 (……ん?)  シトシが途方に暮れようとして目を泳がせたところ、この謁見の間に文官や騎士たちが静かに控えていることに気付く。  さして広くない部屋に三十人以上が詰め込まれており、シトシやキースたちの周囲以外は窮屈なのである。シトシは文官たちに意識を向けてなかったために気が付かなかったのであるが、それと同様に文官たちはシトシを見ていない。 「…………ッ」  これに、シトシは少なからぬ衝撃を受けた。  この場は『忠臣が、若き王に物申す』という場面であるが、文官たちはキースを見ており、シトシを見ていない。正確に言うとキースの顔色を窺っている。  シトシは、この状況に覚えがあった。  シトシの記憶に、このような状況がいくつもあったからだ。シトシは、ライコウの声により目覚めた。それは記憶であり、別の人格であった。  別な人格ーー日本という国に産まれ、コンクリートの建物に囲まれて喘ぐ一人の青年であった。  それが、シトシーーセイシン国王として玉座に座らされている一人の若輩の王の中で突如として蘇った。  どちらの人格がベースというでもなく、シトシに一つの記憶が加わり、融合されたようである。シトシは、シトシでしかない。 (いわゆる、前世の記憶というやつかーー)  シトシは、奇妙な現象に森羅万象ーー、もしくは宇宙の真理といったものを感じ、理解の及ばない事象に想いを馳せた。  しかし、それに浸ってもいられない。
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