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「……陛下、よろしいでしょうか?」
と、蝙蝠宰相キースが実に嫌らしい笑顔で、シトシを見てくる。
シトシが頷くと、キースは笑みを深くした。ライコウはシトシを『主上』と呼ぶが、これは堅苦しく、通常は『陛下』と呼ぶ。ライコウの発言は、真剣な意味合いを持たせたかったのであろう。
「ライコウは閣僚ではなく、単なる一文官に過ぎません。それをこのような諫言をいたすとは……。国家内乱の罪になりましょう。万死に値します」
キースがそう言ってライコウを睨む。
一見して、キースはシトシに向かって喋りかけているようであるが、その実はライコウをいたぶっている。シトシなどに意識を向けてはいない。
睨まれているライコウは動じることなく無表情である。キースを無視し、シトシに時折窺うような眼差しを向けていた。
「……」
シトシの目には、ライコウに胆力があると言うよりも捨て鉢になっている印象を受けた。ライコウ自身は、生をあきらめているだけだ。
それだけ、先程の発言に想いを乗せていたーーというよりも、言わねば気が済まなかったのだろう。だとしたら難儀な性格なのかもな、とシトシは呑気に考える。
シトシはもともと他人の気持がわからない。人との対話の中で腹を探ったり、気持ちを汲んでの対応が苦手だ。
シトシから見ると、自分の死を覚悟してまで言葉を放ったライコウの性格と言葉に『忠』があった。より正確に言えば、好ましく感じたのである。
そんなシトシの心情をぶち壊すように、
「しかも、その罪は九族に及ぶ」
キースが、ライコウを見ながらニチャリと顔を歪める。
「……」
シトシは、それを見てうすら寒くなる。
ライコウの諫言を国の法に無理矢理当てはめ、国家内乱の罪を立てるようだ。しかし例えそうでも、その罪は親子供には及ばない。
キースが更に続ける。
「ライコウは予め家族を国境から他国へ逃がそうとしていた模様……。これは反逆でしょう。しかし、ご心配には及びません。既に兵を国境に派遣しておりますので、引っ捕らえて御前に突き出しましょう」
キースはそう言い、哄笑した。
隣の象牙将軍も大口を開けて豪快に笑う。キースが動かせる兵は象牙将軍の騎士団である。ライコウの家族を捕捉したのは象牙騎士団なのだろう。
「……ッ!!」
キースと象牙将軍の笑い声を聞いたライコウが、初めて表情を歪ませた。
顔を引き攣らせ、必死になにかの言葉を出そうとするが、言葉が出ない。
キースと象牙将軍はそれを見て悦に入る。周りを見渡す仕草から、キースと象牙将軍のやり取りは、その場にいる者たちに見せつける意味合いもあったようだ。『俺たちに逆らうと、こうなるぞ』と。
「……」
シトシは押し黙る。
キースとは相容れない。人種が違う。
今も、キースは小狡そうに笑っている。
シトシは視線をライコウに動かし、
(ーーしかし、この男はわかりやすい)
と、観察した。
家族に危険が迫るライコウの額には、粒のような汗がびっしりと浮かぶ。身体は震えているようだ。
深刻な場面であったがーー、ライコウは口をパクパクさせ手を奇妙に動かし、動きのぎこちない玩具のように見えた。先程までとは別人である。
シトシは、ライコウの変わり様やコミカルな動きに、つい息を漏らしたと言うのか、クスリと笑ってしまう。
ーーピシリ。
場が、凍りついた。
キースと象牙将軍が獰猛な気配を濃くする。
ライコウの揺れが大きくなった。
(あ、ヤベ。これは俺がライコウの死罪にゴーサインを出すと思われた!?)
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