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シトシの失態である。
目の前で繰り広げられた話の流れにいまいち実感が湧かず、気が抜けていた。
これまでのシトシは『強い王』を意識しており、粗暴さを演じることがあった。『強さ』を履き違えていただけであるが、今回はキースが『死』という直接的な言葉を使って煽っている。
キースの狙いとしては、シトシから『死罪』という言葉を引き出し、シトシの心に『残虐性』を植え付けたかったのではないか。そうすることにより、自分に対する依存度を更に高める……。
(……不思議なものだ)
が、今のシトシはキースの目論見から大きく逸れ始めている。
その目論見を破ったのは、目の前で顔を青くさせている小男の忠義、あるいは勇気というものだろう。
シトシが妙に落ち着いていられるのも、ライコウの醜態を目にしたことが原因なのかもしれない。人の慌てる姿を見ると、自分が落ち着くことがままある。
いずれにせよ、シトシは意を決した。
キースの思い通りにはさせない。
まずはーー、
「『チュウ』である」
と、シトシは言葉を発した。
自分でもビックリするような低い声であった。
一瞬の間を置き、
「グワハハハーッ! これはまさしく『チュウ』でございますな。国家に巣食う鼠賊めが、その罪は重いぞ!」
と、象牙将軍が大口を開けて笑い、ライコウに吐き捨てた。
ライコウは小男であり、忙しく動く。よって常から『鼠』と揶揄されていた。象牙将軍は、シトシがライコウのことを『鼠』と罵ったように受け取ったようだ。
シトシの態度に、不審げに片眉を上げたキースも、象牙将軍の笑い声に口角を上げた。
笑われているライコウの震えは続くが、表情がキュッと固まった。覚悟ができたようだ。自分と、逃したはずの家族の運命を受け止めたのかもしれない。
「……鼠とは穀粒を喰い漁ったり、疫病を運んでくる害獣であり、祓うべき存在であろう」
シトシがそう言葉を発する。
その場にいた廷臣たちは固唾を呑んで王の次の言葉を待つ。『ーーどのような沙汰を下すつもりか』と、廷臣たちは場の温度が下がったのを感じていた。
これまではキースの思惑通りに事が運んでいる。キースの仕込みが万全のように見えるが、演者であるシトシがどう演じるのか、廷臣たちの興味が注がれていた。
ちなみにーー、シトシの頭は真っ白になっていた。
いざ発言を始めると、言葉は出てこない。頭の中で組み立てなど出来ておらず、行き当たりばったりの発言だ。
(なんとか、それらしいことを発言するしかないーー)
シトシは、汗で衣服が張り付く不快を感じた。緊張しているのを自覚する。
「ーーが、これには別な意味もあり『子沢山で国家繁栄』や『福の神の遣い』とも言われている。要は、使い方次第で悪くもなれば良くもなるということであろう。国の人材も適材適所が肝要と考える」
シトシは背中の衣服が張り付く不快から逃れようとイスーー玉座から身を乗り出す。
キースが怪訝そうに眉を顰めた。
廷臣たちは『おや……』と、空気が変わったのを感じ困惑する。
「『チュウ』とは忠義の『忠』であろう。ライコウよ、良くぞ申した。私は不明を恥じる。ライコウは閣議の顧問とするので、私を輔けてほしい」
空気が変わる中、シトシは言い切った。
「……!?」
「ほ……??」
シトシの言葉を聞き、キースの顔色が変わり、象牙将軍は理解が追いつかず呆けたようになった。
「ーー陛下? どういうおつもりでしょう? ライコウの話が『忠』であり『真』であると?」
すかさずキースが鋭い目付きでシトシを見据える。場の温度が一気に数度下がったような気がして、シトシは背筋が寒くなってしまう。
「そのとおりである」
シトシは、その寒さをこらえつつ発言する。
一方で、廷臣たちは凍りついていた。これまでシトシはキースに従順であると思われていた。しかしどうしたことか、この発言である。
さらに、ライコウは『キースと象牙将軍を罷免すべし』と言った。シトシがライコウの発言に『真』を見たのであれば、キースと象牙将軍は罷免される。しかし、それをすんなり許すキースとは思えない。
不味い場に居合わせた、と廷臣たちは嘆いた。まだ未熟で実権を持っていないシトシと、盤石の体制を築いているキース……。どちらにも、うかつに味方できない。一歩間違えると、身の破滅を招く。
こんな場面を動かすことができる人物など、いるはずもないと思われたが、
「ほほほ……。陛下はお疲れのご様子。ライコウについては、私が預かりましょう。陛下は休息を取っていただくということで……」
と、言葉を発した人物がいた。
その人物は、謁見の間の奥、王族が使用する通路から音もなく現れた。蛇が笑ったような女ーー国母、セイシリウスである。
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