第一コマンド▼謁見の間で、どうするーー▼

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 セイシリウスが目を細め、穏やかに笑う。その笑みは、爬虫類である蛇を連想させるーー。  彼女は、シトシの父である先王が後年に王妃として迎えた女性である。つまり、シトシの義理の母ということになる。なお、シトシが成人するまでの間は『摂政』という役割を持つ。 「……」  シトシは完全に意表を突かれ、固まってしまう。 「これはこれは! セイシリウス様!」  キースは、飛び上がって喜びを表現した。  そしてすぐさま、畏まる。キースが『蝙蝠宰相』と呼ばれる所以がセイシリウスにあった。  キースは、摂政であるセイシリウスにべったりなのである。セイシリウスの意向通りに動くし、おべっかを使う。  蛇を連想させるセイシリウスーー誰が呼んだか『蛇摂政』。 (義母上か……。ややこしくなった……)  シトシは頭が痛くなった。  今はキースと対決しなければならない重要な局面である。少なくとも、ライコウの助命は勝ち取らなければならない。キースとのやり取りを優位に運ぶためには、セイシリウスの介入は防ぎたかった。 (人が増えると、対応がややこしくなる……。俺は多人数の対応が苦手だ……)  シトシは難しいことを考えるのは苦手で、多数の物事が絡むと更に思考が鈍る。できればキースのみに集中したい場面であった。  シトシがここで折れると、ライコウの身の処遇はキースの一存で決まってしまう。シトシにとって許容できる流れではない。  どうにかしてセイシリウスとキースを論破しなければならない。  ここにーー、  暗愚の王、シトシ  狡猾な蝙蝠宰相、キース  粗暴な象牙将軍  様子のおかしい獅子鬣将軍  忠鼠、ライコウ  蛇摂政、セイシリウス という登場人物が揃った。  シトシは登場人物を整理し、いかに立ち回るか考えを巡らせた。明確な筋道は見えないが、セイシリウスとキースを抑えるべく行動が必要である。 「ありがとうございます、摂政殿。では、これにて朝議を了し、顧問たるライコウに午後からの政務を図るため一度、退がります」  シトシが玉座から腰を浮かせる。 「おや、お待ち下さい、陛下」  どさくさに紛れ、その場を離れようとするシトシにキースから声がかかる。 (さすがに、すんなりとはいかない)  シトシがキースに目を向けた。  キースはセイシリウスが現れてから、得意気な顔を崩さない。優越感が滲み出た目でシトシを見てくる。  シトシはその表情に、ささくれ立つものを感じた。  ライコウは展開についていけず、目を白黒させている。 「先程のライコウの発言には讒言があり、問擬の必要があります。よって、ライコウの身柄は私が預かります。陛下は休息を」  言って、キースはシトシの後方に控える二人の騎士たちに目配せをした。  それを受けた騎士たちはビクリと身を震わせ、一歩前に出る。シトシの退室を促すためだ。 「ライコウを見過ごしますと、臣下の讒言によって国政が誤った方向に進みましょうーー」 (おまえが言うなーー)  得意気なキースの言葉に、シトシは心の中でツッコミを入れる。  しかし、表立って糾弾できるほどキースの政策に大きな暇疵はない。賄賂や横領を平然と行うが、目立つ失敗はないのである。じわりじわりと腐敗が進んでいく。  シトシはもどかしく感じた。 「摂政殿。私は先程の発言の通り、不明を恥じます。学ぶことをせねば、成長しない。私は、自分の耳で聞いて、考えたいのです。ライコウの言葉に、考えるべき点を見出しました。摂政殿とキース宰相の立ち会いのもと、後日でも構いません。時間をいただきたい」  シトシはセイシリウスの方を向いた。  シトシはセイシリウスを『摂政殿』と呼ぶ。セイシリウスは先王が崩御したのと同時に『国母』という地位を得た。また、シトシの後見として『摂政』の役割も持っているため、礼を尽くす必要がある。  セイシリウスは大雑把なところがあり、ライコウに目を向けるようなところはない、とシトシは予想した。ライコウは預かる、とセイシリウスは発言したものの未だ意識の外にありそうである。  蛇のように、一度標的と認識すると執拗に攻撃を加えるのだが……。  案の定、セイシリウスの反応はない。シトシは場の流れを引き寄せようと、解散を切り出そうとした。  が、ここでーー 「では、まずライコウを外へ」 と、キースが間髪入れず側仕えの騎士たちに顎をしゃくる。  そのキースの硬質な態度に反応し、騎士たちは無言で前に出た。 「……待ってもらおう。キース宰相や騎士たちの手は不要だ」  シトシが騎士たちを手で制する。  キースの雰囲気に、抗いがたいものを感じたが黙っている訳にもいかない。 「陛下、そういうわけにも……。なにか、不都合がおありですか?」  それに対し、キースがわざとらしく眉をひそめてみせる。 「……」  シトシはすぐに発言できない。  シトシの『力』は弱く、無理を通せない。その点、キースはセイシリウスの後ろ楯もあり、多少の無理でも通せる地盤を築き上げている。王になって日が浅いシトシとは比ぶべくもない。  頭の回転が鈍く、会話の数手先を読むようなことのできないシトシは、上手い切り返しも思い浮かばない。 (どうするか……)  内面で冷汗を流すシトシをよそに、キースの意識がフッとセイシリウスを向いた。  微々たるものであるが、キースがセイシリウスに視線を向けたのをシトシは感じ取る。キースはシトシより、セイシリウスの反応を気にしているようだ。 「…………」  シトシは自分の器量を思い、自嘲の笑みを浮かべた。 そこへーー、 「私のことはお気になさらずーー」  たまらず、といった感じで発言したのはライコウ。  場の雰囲気を慮り、これ以上険悪にならないように口を挟んだのであろう。が、悪手である。 「誰が発言を許したか、痴れ者め! セイシン王国国民の誇りも忘れたか! 直ちに連れ出せ!」  ここでキースの意識がライコウに戻り、ライコウを一喝した。  騎士たちも、すかさずライコウの両脇を固める。ライコウは展開の早さに声も出ない。 (しまった!)  シトシは臍を噛む。  これでは、シトシが取り付く島もない。  ーーが、ここでか細い糸をシトシが掴む。シトシの視界の端に、ある兆しがあったのだ。 「…………り」  ーーただ佇んでいた人物、獅子鬣将軍の口元が動いた。   そして、気のせいかと思われるほどの小さい声が、シトシの耳をかすめていた。 「……」  シトシが獅子鬣将軍を凝視すると、 「……」  一瞬だけ獅子鬣将軍の目に光が宿ったかに見えた。が、獅子鬣将軍の目は虚ろ、口はヨダレを流すばかりであった。  シトシ以外は誰も気が付かなかっただろう。シトシも意識をキースに戻そうとしたーーが、もう一度獅子鬣将軍を見た。  そして、考えるより先に口を開く。 「獅子鬣将軍。『誇り』と発言したのだろうか?」
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