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シトシは、獅子鬣将軍を見据えた。
この呼びかけは、意外なところでも効果を発揮する。ライコウの両脇を抱え、今にも謁見の間から連れ出そうとする騎士たちがビクリと身を震わせた。また、象牙将軍が警戒の視線を獅子鬣将軍に向ける。
「陛下、なにを……」
キースが驚きの声を上げるが、シトシがそれを遮り、
「『獅子』とは誇り高き神獣ーー。その名を冠する将軍も、誇り高き男であるはずだ。その将軍が『誇り』と発言したのは、なにかを感じたのだろうか」
と強めの声を出した。
「…………」
シトシの声に呼応したかのように、獅子鬣将軍の目に知性の光が灯る。
「……ッ」
キースが喉を鳴らして獅子鬣将軍を見る。
さらに、獅子鬣将軍の口元が引き締められる。
ーー静寂
場が静まり返る。誰しもが呼吸を止めたかのようだ。
視線は獅子鬣将軍に集中した。
獅子鬣将軍は、セイシン王国ばかりか近隣諸国に名を轟かす猛者である。文字通り万夫不当の驍勇を誇り、底無しの魔力を込めた大剣の一撃は、一軍を蹴散らす。
ただ、巨大な魔力が原因で五年ほど前に大病を発した。そして大病の原因である魔力を抑えるため、頸部に特殊な魔石を埋め込むことになってしまう。その結果、魔力を制御するための副作用として、廃人同然となってしまったのだ。
今では、従者の力を借りてただ出仕する日々……。そんな状態の獅子鬣将軍でも、名前が他国に轟いているがために出仕するだけで他国に対する牽制となりうるーー。
そして、獅子鬣将軍の存在はこの場にも影響を与えていた。キースは顔が青ざめ、キースの懐刀とも言える象牙将軍は警戒を強める。
シトシは、状況の変化に希望を見出した。
「…………」
静寂の時間が続き、やがて、獅子鬣将軍は結んだ口を半開きにし、ヨダレを垂らし始めた。
場の空気が一気に弛緩する。
それを確認し、キースが再び場の主導権を握ろうとした頃、シトシの考えも固まっていた。
(無理にでも、ライコウを引き取る)
シトシが獅子鬣将軍に呼びかけたのは、起死回生の一手というより場の流れを変えるための、時間稼ぎの手段である。時間を稼ぎつつ、考えをまとめるーー。
とにかく、シトシは考える時間が欲しかったのだ。シトシは決して頭の回転が速い方ではないし、困難に打ち克つ知恵も持ち合わせていない。
であるならば、自分のできることを考え、負けない闘いをしなければならない。なんとしてでも、ライコウの身柄を確保し、キースとの対決姿勢を示さなければならない。
でなければ、キースに反抗したシトシは退位に追い込まれ、そう遠くない将来に人知れず命を落とすこともありうる。そう考えれば今、シトシは人生の岐路に立っているのかも知れなかった。
「ライコウは、こちらで引き取る。キース宰相の手を煩わせる必要はない。これは、王命と思ってほしい」
シトシは、獅子鬣将軍の存在感が完全に消えてしまう直前に、強い口調で言い放つ。
キースというより、謁見の間にいる者たちに対して聞こえるように『王命』という言葉を使い、強制力を持たせた。『王命』に抗う者はいない。いたとすれば、それは反逆を意味する。
「お待ち下さい、陛下」
が、キースは口を挟んできた。
「ライコウの処遇については、場所を変えて検討いたしましょう」
キースの言葉に、居合わせている廷臣たちの顔は白い。
先程のシトシの発言は『王命』とまで言っている。それに被せるようなキースの発言である。これは、キースが王権を我が物にするかのような強硬な姿勢だ。
(俺の強引な手段に、キースも強引に対抗してきたな……。落とし所は……)
シトシは落とし所を考える。
全面的にキースに従うのは不味い。ここは何か一手打たなければならない。
シトシは、ちらりと獅子鬣将軍を見る。ここは獅子鬣将軍を使わない手はない。獅子鬣将軍は心神喪失の状態であるので、副官を伴っている。
「わかった。キース宰相の言う通りにしよう」
シトシの言葉に、場が弛緩する。
徹底抗戦が回避されたという見方がなされた。
「ーーでは、ライコウの身柄については獅子鬣将軍に任せる。次の諮問まで、ライコウを預かって欲しい」
が、シトシの言葉に再び場が凍り付く。
シトシには、獅子鬣将軍が公正な人物であり、その副官も不正な対応はしないという認識があった。つまり、ライコウを預ければ身の安全は保証されるだろうという思惑だ。同時に、キースの申し出を退けている。
これに対して、キースの反応に注目が集まる。キースの思い通りにはならないぞ、というシトシに対し、キースはどう返すのかーー。
「ほほほ」
ここで、シトシとキースに水を差す人物がいた。蛇摂政セイシリウスである。
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