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セイシリウスの笑い声に、その場にいた一同の目がセイシリウスに向く。
「後のことは私が差配しておきましょう。皆様のお手を煩わせるわけにはまいりません」
ーーと、セイシリウスの言葉が終わらぬうちに、数名の騎士が謁見の間の奥から現れ、ライコウの周囲を固めた。もともとライコウの側にいた騎士たちは、押し退けられた形だ。
現れた騎士たちは、近衛騎士と呼ばれる王族の守護を最優先する騎士である。シトシの指揮下にあるはずだが、シトシが成人するまでは摂政が主に指揮を執る。
また、総員は五百名の小規模隊であるが、王城内では幅を利かせている。なにしろ、獅子鬣将軍や象牙将軍などは王城内に連れ込める騎士の数は五十名に満たない。
数の上では、勝負にならなかった。
「セイシリウス様が……?」
「ええ。これも、摂政としての務め……。それに、ライコウには奥方とまだ幼い娘さんもいたでしょう。女性である私が責任を持って処遇を検討いたしましょう」
「これは……!? おそれいります。では、私も務めを果たしましょう」
「ええ、よろしくお願いいたします」
セイシリウスは笑う。
その笑顔は、キースさえ唾を呑み込むほどの妖気を孕んでいた。
(なぜ、それを知っている……!?)
シトシは背筋が冷たくなる。
先程のセイシリウスの発言にあったが、ライコウの家族構成などシトシも知らない。それをセイシリウスが把握しているということは、なんらかの意図が垣間見える。
「ほほほ」
シトシの視線を受け、セイシリウスが微笑んだ。
「……ッ!」
シトシはセイシリウスの目に異常な光を見た。
ーーそしてふと、セイシリウスが全て糸を引いているのではないか、と直感した。
キースの後ろにセイシリウスがいて、ライコウに対する処遇やシトシに向ける思惑も全てセイシリウスが企てているのではないか……。
これはあくまでシトシの勘でしかないが、セイシリウスとキースの連携がうまくいきすぎている。
それはさておき、シトシはセイシリウスに対して行動を起こさねばならない。しかし、セイシリウスの妖気に気圧され、萎縮してしまう。
先程までのシトシとキースの対立は、シトシの自立への目覚めを臣下に連想させたが、それはいきなり現れたセイシリウスによって、即座に握り潰されそうである。
その場に居合わせている廷臣たちは『若き弱王が、妖気を放つ摂政に呑み込まれる』という予定調和を確信した。謁見の間という舞台で『劇』を観ているようだ。しかし、それももう終わる。衆目は、舞台の幕が下りるのを幻視した。
無力感に苛まれるシトシ。
そこへ、
「陛下ーー、私が至らないばかりに、申し訳ございません。ただ、国のことを想うと黙っていることができなかったのです。私の『誇り』が許さなかったのです」
とライコウが穏やかに口を開く。
穏やかな声色であったが、シトシには強く響き、シトシの身を震わせた。
(『誇り』かーー!?)
シトシは萎えた心を再び奮わせる。
ここは、退くべきところではない。ここで退いたのならば、シトシは一生セイシリウスとキースに頭を抑えつけられる。ライコウに至っては、命すら危うい。
国の政治にも歪みが生じ、政治腐敗が進むことは確実だ。国という大樹が朽ちてしまうことを考えると、国のためにも退けない。
シトシには、一国の王としての『誇り』が芽生えた。
シトシはセイシリウスとキースを見据えた。
「摂政殿、キース宰相。お二方のお力添え、痛み入ります。ライコウに対する聴取は後日とします。お二人にもお願いします。ただ、ライコウの身柄は獅子鬣将軍に任せました。これは『王命』です」
シトシは毅然と言い放つ。
「なんと、なんと……!」
キースがワナワナと震える。
シトシの態度に、頭に血を登らせているようだ。
一方、妖気を放ちつつ微笑みを崩さないセイシリウス。
(義母上は、なにを考えているのだーー。なにか、あるのか)
シトシは、うすら寒いものを感じつつも毅然とした態度を保てるよう腹に力を込める。
とーー、
ウォォーッ!
ワァァーッ!
ーー不穏な喚声が、その場に聞こえてきた。
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