第一コマンド▼謁見の間で、どうするーー▼

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「何事か……?!」  誰かが非難めいた声を上げると、謁見の間の扉が勢いよく開いた。完全武装の騎士が入ってくる。 「将軍ッ!」  完全武装の騎士が発した『将軍』という言葉に反応した者はーー、 「おう、待っていたぞ」 象牙将軍であった。 「ハッ!」  完全武装の騎士は短く一礼し、象牙将軍に金棒を差し出す。象牙将軍は荒々しくそれを受け取った。 「推参なり! 象牙将軍! これはどういうことかッ!」  シトシの側にいた近衛騎士が叫ぶ。  シトシは唖然としていた。展開について行けない。  儀仗兵ではない完全武装の騎士が謁見の間に姿を見せることはない。そればかりか、完全武装の騎士は穏やかではない気配をまとっている。 「グアーッハッハッハ! グアーッハッハッハ!」  象牙将軍は雷が鳴ったかのような笑い声を出し、天を仰ぐ。 「な、な、なにがおかしいか!?」  誰かが叫び声を上げるも、 「ついに! ついにィッ! このパオーム=レキ=カムリウェルはセイシン王国の王となる! 邪魔する奴は許さん!」  象牙将軍のがなり声にかき消された。  その象牙将軍は醜悪な表情をしており、把持している金棒が凶悪さを引き立てている。  一同、言葉が出ない。セイシン王国の王になる、とはクーデタ一ではないか。象牙将軍は粗暴さの目立つ男であり、粗野な言動を周囲が指摘することもあったが、ここまでの野心を秘めていたとは。 「グアーッハッハッハ、グアーッハッハッハ! 獅子の部下どもも、近衛のヤツらも、我が騎士団が包囲しておるわ! おまえらも命までは取らん! この俺にひれ伏せ!」  象牙将軍はさらに顔を歪める。 「な、な、なにを言っておる! そのようなことをして許されると思うのか!」  キースが金切り声を上げる。 「おや? キース、貴様は俺の政権でも宰相をさせてやろうと思っていたが……。今からでも遅くないぞ? 降れ」 「……な、なんと」  キースは絶句し、視線を彷徨わす。  葛藤があったのか、最後はセイシリウスを見た。見られたセイシリウスは泰然自若としている。  それを見たキースは後ろに下がった。明言は避けた形である。 「……」  シトシは迷う。  象牙将軍の言が正しければ、シトシは絶体絶命である。ここはシトシだけでなく、他の将兵のため象牙将軍に膝を折るべきなのかもしれない。  仮にもクーデタ一を起こそうとしたのだ、計画に漏れはないだろう……。  クーデターが成功すれば、シトシは命を奪われる。全滅するよりも、シトシ一人の命で多を生かした方が良いのではないか。 「………………」  が、頭で考えはまとまってもシトシの身体は動かない。いまいち実感が湧かず、茫然自失の体だ。  自分が死ぬかもしれないということが、まるで他人事のようにしか受け止められなかった。 「グアーッハッハッハ! 『前』セイシン国王よ、膝を折れ! そうすれば、禅譲という形で、おまえも生かしてやろう! さもなくば、殺す!」  象牙将軍は金棒を地面に突き立てる。派手な音がして、床石が割れた。 「ーー!」  シトシは明確な殺意を向けられ、息が詰まった。  この場で獅子鬣将軍を除けば、象牙将軍の膂力を凌ぐ者はいない。それに、謁見の間には完全武装をした騎士たちが雪崩込んできている。それは、象牙将軍の手のものだ。  単純でわかりやすい害意は、シトシに恐怖心を植え付ける効果が高く、シトシは恐慌状態に陥ってしまう。  既に、シトシの目の前では戦闘が始まっている。獅子鬣騎士団の騎士数名と近衛騎士たちが象牙将軍率いる騎士団と刃を交えているが、多勢に無勢である。獅子鬣騎士団と近衛騎士たちの劣勢は明らかだ。  象牙騎士団の紋章カラーは、血液の色を連想させるような煉瓦色である。その煉瓦色の凶刃がシトシに迫れば、シトシは死ぬーー。 (俺は……、死ぬ?)  事態は一刻の猶予もない。次々と煉瓦色の増援が乱入してきている。  その状況下、現実逃避なのか、シトシは夢想する。  ーーシトシは王として、キースの政策を正し、臣民から尊敬されるのだ  ーーセイシン王国は、近隣の国から一目置かれ、国交を求められる  ーーシトシは大陸の盟主として、末永く語り継がれていく (それから、それから……。それから……?)  夢想の果てに、シトシは気付く。 (尊敬してくれる臣民って誰だ? 顔も知らない。近隣の国ってどこにどんな国があるの? この大陸にはなにがあるの? そもそも、セイシン王国って、どんな国?)  シトシは、知らない。  今まで生きてきた国のことを、なにひとつ知らなかった。この大陸の広さも知らない。大陸に想いを馳せるが、大陸を吹き抜ける風の温度など、体感したことがなかった。  シトシは、知ろうとも思わなかった。ずっと受け身で、与えられるものだけを享受していた。 (裸の王様もいいとこだな……)  自嘲するシトシ。  もう少し覚醒が早ければ、と悔やまれる。  今、シトシにが感じることができるのは、象牙将軍の暴風だけであった。 「グアーッハッハッハ! どうした? 震えておるのか。愉快なものだ。玉座とは、こんなに簡単に手に入るものだったとは」  凶相の象牙将軍が笑う。  もはや、事成れりと増長している。 「へ、陛下、お…逃げください。ここは……私が、少しでも…時間を稼ぎます……」 「……ッ!?」  足がすくむシトシに近寄っていたのは、ライコウであった。  寸鉄帯びていないライコウは無力である。声は震え、脂汗が額に浮かんでいる。  シトシはそれを見て、少しだけ落ち着きを取り戻した。誰かが味方してくれると、涙が出るほど心強い。  そしてシトシは、 (もう、後悔したくない!) と強く願った。  ならば、行動に移さなければならない。死を目前にし、手をこまねいている訳にはいかない。 「抗う……!」  小さいが、はっきりした声でシトシは言い放つ。 「……ほう」  象牙将軍が残忍な気配を纏い、ゆったりと前進する。力を込めたのか、上半身の筋肉が盛り上がる。シトシには、象牙将軍が何倍にも膨張したように見えた。  煉瓦色の騎士たちもジリジリと近寄ってくる。シトシの周りには数名の騎士たちしかいないが、動くなら少しでも戦力のある今であろう。  シトシの決意が伝わったのか、獅子鬣騎士団の騎士たちが張り詰める。
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