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「……」
シトシが少し長めに息を吸った。
気が満ちた。
双方がぶつかり合うーー寸前、
キン!
と甲高い金属音が聞こえた。
「ーー!?」
シトシは出鼻を挫かれたような気がした。
音のした方を確認し、そして驚愕する。
そこにいるのは、獅子鬣将軍であった。ただ、
「ーー獅子とは誇り高き生き物。その名を冠する私も『誇り』をお見せしましょう」
と、獅子鬣将軍が、鋭い目付きで好戦的に笑っていたのだ。
獅子鬣将軍の手に長剣が抜かれーー、一振り。
象牙騎士団の数名が吹き飛ぶ。
「な、なにィ!? 獅子のヤツが……!」
象牙騎士団の騎士たちが吹き飛ぶのを見て、象牙将軍が苦々しい声を漏らす。
獅子鬣将軍はそれを無視するかのように剣を一振り、二振りした。それに合わせて象牙将軍の周囲を固める騎士たちが吹き飛ぶ。
(なんと……!?)
シトシは驚愕する。
獅子鬣将軍が勇躍し、シトシに味方してくれている。この危急時にこれは心強い。
獅子鬣将軍が象牙将軍に迫る。獅子鬣将軍と象牙将軍が互いに得物を打ち合うーー、
ガキン!
と、獅子鬣将軍の長剣が、象牙将軍の金棒を真っ二つにした。
わずか一合で象牙将軍の武器を破壊したのだ。
(強いーー!)
シトシは心の中で快哉を叫んだ。
獅子鬣将軍の力で、一気に形勢が逆転しそうである。
がーー、獅子鬣将軍が象牙将軍と距離を取った。かと思うと、片膝をついた。
なんだ、とシトシが思う前に獅子鬣将軍の副官が獅子鬣将軍の首筋に布を当てた。さらに魔法士が近寄り、なにやら回復魔法を使い始める。
「グア、グアーッハッハッハ! 時間切れ、か!」
それを見た象牙は破壊された金棒を投げ捨てる。
腰に差していた長剣を抜くが、その場で荒い息をつく。しばらく様子を見るようだ。
「クッ……。将軍の大剣であれば、今頃象牙将軍など真っ二つになっていたものを……」
獅子鬣将軍の治療をしている魔法士が歯噛みする。
ここは謁見の間である。大仰な武器は携帯できないのだ。今、獅子鬣将軍の所持していたのは、見栄えを重視されたお飾りの長剣に過ぎない。
ーーそれよりも、
(獅子鬣将軍は自分の意思で闘っていた。ということは、つまり、首の魔石を取り除いたのか……!?)
とシトシはそのことに思い至る。
シトシが獅子鬣将軍を凝視すると、首筋から赤いものが吹き出ており、床にしたたり落ちていた。
血、である。
魔法士が鬼気迫る表情で治療しているが、血は止まる気配がない。
(そんな……!)
シトシが先程の耳にした金属音は、獅子鬣将軍が頸部に埋め込まれていた魔石を、金具を破壊して無理矢理抉り出したのだろう。
魔石は頸部の血管に根を伸ばして複雑に絡み合っているため、それを無理矢理引き剥がしてしまうと血管が致命的な損傷を負ってしまう。
即座に回復魔法をかけても、残存している根のせいで血管の修復は不可能でありまり、待っているのは確実な死ーー。
シトシは獅子鬣将軍の状態を悟り、震えた。
そんなシトシの目前で、獅子鬣将軍は
「何分、保つ?」
と、魔法士に尋いた。
獅子鬣将軍の首筋からは現に血液が流れ出しており、魔法士が懸命に回復魔法を行使している。しかし、見たところ血液の量を抑える効果しかないようだ。
「5分か……。了承した。それだけあれば事足りる」
獅子鬣将軍が鷹揚に頷く。
魔法士が、無念そうな表情を作っていた。どうやら、獅子鬣将軍の残り時間を伝えたようだ。
(『了承した』? 『事足りる』? な、なにが?!)
シトシは耳を疑う。
死ぬのを了承したのか、5分という時間でなにができるのかーー。
「セイガ、あとを任せる。象のやつは、お前が討て。副官には、ゴウソウを据えろ」
獅子鬣将軍は傍らの副官ーーセイガに後事を託す。
しっかりとした声である。先程から自分の足で立ち上がり、その姿に気迫を感じる。頸部から溢れる血がなければ、とても死を目前にした人物とは思えない。
後事を任されたセイガは神妙な顔をして頷く。セイガとゴウソウは、獅子鬣将軍の実子である。そのことを思い出しながらシトシが呆然と見つめていると、手短に引き継ぎが終わった。
獅子鬣将軍はシトシの方を向き、直立する。
「…………」
シトシは混乱の極みにあった。状況の把握がいまいち追いつかない。廃人となっているはずの獅子鬣将軍が、気迫溢れる姿を見せていた。
ーーが、それもわずかな時間のことだと無理矢理にでも認識させられた。獅子鬣将軍の足元には血溜まりができている。
獅子鬣将軍が、シトシに向き直った。
「お見苦しいところをお見せしました」
穏やかな、起伏のない重厚感のある声で獅子鬣将軍が語りかける。
「構わない」
シトシも姿勢を正して獅子鬣将軍に応じる。
「獅子鬣騎士団、代替わりいたします」
「了承した。もとより、人事権は将軍に一任している」
シトシは頷き、セイガに将軍位を授けることを約した。朱に染まったセイガは固辞しようとするも、シトシと獅子鬣将軍の強い視線に促され、静かに将軍位を受けると誓った。これにより、正式に獅子鬣騎士団は若いセイガが率いることとなった。
ーーもう間もなく、5分が訪れる。
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