case1 余命宣告

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case1 余命宣告

 かつて、彼女は人間だったのかもしれない。 「――はい。本日から数えて三日後、あなたの生は活動に終幕を迎えます」  海が一望可能な病室にて、クレセアはベッドで仰向けに寝る老婆にオブラートに包むことなく真っ直ぐ伝えた。仕事、と題して。  告白代行屋。  その名を知る者は比率で例えれば少ない。余命宣告、犯した罪の吐露、恋愛事の伝達、その他諸々……その実態に大小の定義はない。依頼者も様々でヒトや動物、此度のように死神など多くの種族が利用していた。受け入れる側にとって、それが受け入れ難い真実であっても。 「そう……。自分のことだから何となくわかっていたけれど、それは仕方ないわねぇ。お嬢さん、教えてくださってありがとう」 「……いえ。私はあくまで告解の代行を行っただけですので」  老婆はその回答に疑問符を浮かばせるが、すぐに笑顔へと切り替えた。 「そうだわ、親切なお嬢さん。親切ついでに少しだけ時間が短いおばさんのお喋りに付き合ってくれないかしら?」  クレセアは誘い悩むように視線を老婆から落としては、間を僅かに置く。今、まさに課せられた使命を終えたばかりだというのに。それでも彼女は必要最低限のまま、提案された案に賛同する。新たな依頼と割り切って。 「ふふ、ありがとう。長いことここにお世話になっているのだけど、最近若い子と話す機会が減ってしまって……」  まるで老婆の口は鉄砲のようだった。  次から次へと単語が登場しては、別の話題へと変化していく。それでもクレセアは真面目に耳を傾けていた。他者の秘密を担い、そして伝える者として。 「――それでね、わたしにはあなたより少し上の息子が居るのだけど……あっ」 「何か」  会話途中、割り込むような驚嘆の声に黙って聞いていたクレセアの口が動く。 「いえ、ごめんなさい。たいしたことではないのだけれど……わたし、三日後に死んでしまうのよね?」 「はい。先程お伝えした通りです。……それが何か?」  老婆は瞼を伏せ、浸る想いを語る。 「これまで悔いのないように生きてきたのだけど……最期に息子夫婦と孫たちに一目、会いたかったわ」 「……お呼びすれば良いのでは?」 「ふふ、確かに一理あるわね。息子夫婦は北海道、わたしは沖縄の離島。確かに飛行機なら十分に間に合うでしょう。でもね、迷惑掛けたくないの」 「迷惑、とは」  クレセアの素直の問いに、老婆は少々困惑した表情を浮かべる。表情筋が乏しい年齢不詳の彼女よりも、定められた死を持つ女性の方が相形が豊かなことには違いなかった。 「だ、だって! 急に『わたし死んでしまうみたいなの、来て』なんて言えないわよ。仕事や、交通費だって発生してしまうし、なにより我儘じゃない! もちろん本音は顔が見たいけれど……」 「我儘でもいいのでは」 「……え?」 「私にはその感覚は解りかねますが……あなたの表情は言葉とは裏腹、願望に満ちているように思えます。そして真相に怯えている様子も」  どきり。  唐突に現れた彼女の見透かした正論に老婆は乾いた笑いを蔓延らせる。図星、と言わんばかりに。 「ええ、そうよ。本当は……知りたくてたまらないの。でも同時に怖くて震えてて。はは……情けないわよね。こんな死に際のいい歳したおばさんのくせに」  クレセアは何も答えない。背中を丸めて小刻みに震える女性をただじっと見つめていた。 「自分の想いを正確に伝えるって、本当に難しいわよね……。息子とはね、血が繋がってないの。もう先に旅立ってしまった夫との間に子を授かることが出来なくて、でもどうしても自分達の子供が欲しくて。わたしも、主人も子供がとっても好きだったから」  一旦切り上げて、女性は天井を仰ぐ。瞳に零れそうな涙を抑えるために。 「だから……養子を迎えたの。あの子が小学校卒業する前に、ね。今思えば最悪なタイミングだった気がするわ」 「彼を、迎い入れたことが?」 「……ええ。あの子はわたしたちと会う前、孤児施設で育ったの。でも、通っていた小学校を卒業する直前に引っ越しと引き取りが決まって。ああ、本当に酷いことをしたわ」  顔を覆い隠すように、自身の両手で包み込む。そこには簡単には埋まらない、深い後悔が蔓延っているようで。 「養子を貰う前、施設の見学に行ったの。元気で明るくて、心優しい子が良いって主人と相談してね。そして、理想の子を見つけた。みんなの環の中心に居るあの子を。でも……わたしたちの判断が人生を狂わせてしまった」 「と、言いますと」 「大好きだった仲間、いいえ家族と離れて一人、知らない人たちと暮らすことになって不安も含めて怯えていた……と言えばいいのでしょうかね。あの子は施設に居る時とはまるで雰囲気が違った。それから反抗期と呼ぶべきものと、高校生になる頃には帰ってこない日もあって」  老婆は回顧と共に自身の悔やみ、過ちに下唇を軽く噛む。そして、それと平行して我慢を繰り返していた涙がほろりと落ち去った。 「でも、それでも……! こんななりそこないの母親代わりのもとでも、立派に、凄く育ってくれたの。美人な奥さんと可愛い娘二人に恵まれて。わたしね、わたしっ!」 「なら、その想い、伝えましょう」 「え、伝えるって……そんなの」  どうやって。  その単語が喉元から出る前にクレセアはひとつ、有無を言わせない勢いで提案を掲げた。 「今すぐ、手紙を綴ってください」 「て、手紙?」 「はい。あなたの想いを紙に綴って、私が届けます。必ず」  それは静かな聴き手から変化を遂げた。彼女の意思の強さが、本日初めて逢ったはずの女性にも不思議と伝わる。 「え、ええっ? と、届けるって、遠く離れたあの子に? む、無理よ……急に言われても、何を書いたら」 「ありのままで構いません。思ったこと、感じたこと、感謝でも」 「……ありのまま」  はい、清らかで真っ直ぐな返答が女性の不安を僅かながら晴れさせる。それでも懸念は引っ付いているようで。 「わたしの、言葉で。……わかったわ、自身はないけれどやってみる。けれど、あなたにメリットなんて」 「損得の問題ではありません。私は使命を果たすだけです。告白代行屋、として――」  それから、最期の想いは流れるようにして事が運んだ。  女性の綴った手紙はクレセアにより、義息子へと渡っては文字通り内容に心を打たれた。翌朝、彼の取った行動は仕事を投げ、妻と子供の家族四人で義母のもとへと訪れる。  母と息子の、秘めた想いを互いに告白する為に。
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