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 いつきの背後で、床に何か落ちる音がした。振り向くと、禎雄の手からナイフが落ちていた。桜子は禎雄に駆け寄って抱きしめた。二人は抱き合ったまま、肩を震わせていた。安中がさっと二人の足元に身をかがめて、ナイフを回収した。 「前橋、よくやった」  安中が、肩で息をしているいつきの頭に手を当てて、ごしごし撫でた。え、終わったの? ボク、今なんて言った? 何を言ったか思い出せない。ただ必死だった。  いつきは安中の顔を見上げた。安中は照れくさそうに微笑んだ。 「前橋、俺は精神医学は専門外だが、うつ病について、ちょっと調べてみたんだ」  安中は猫みたいな口をして、鼻の下をこすった。 「うつ病の症状、特に『死にたい』という希死念慮は、無理し過ぎている時に体が自分にストップをかける、非常停止ボタンだ、という説があるそうだ」  え? いつきは安中を見る。 「要するに、『死にたい』と思ってしまうような奴は真面目すぎる頑張り屋で、体の悲鳴にも気づかないってことだよ。あの旦那さんもそんな感じしないかい?」  だとしたら、中二のボクがあれほど死にたかったのも、何かのサインだったんだろうか? わからない。その答も《天びん秤》さんなら知っているかな? 今はただ帰って休みたかった。 《……to be continued》  
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