密集した静寂

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満員電車も、冬は幾分過ごしやすいと、私は思う。 暖かく着込んだ状態ですし詰めにされるのは耐えられないという人もいるが、真夏のように薄着で汗をかいた状態で密着する方がどうかしている。 お互いに厚着しているから、肌が直接触れ合うことなどないし、ダウンコートやファー素材の厚みによって夏よりも距離を取ることができる。 そして満員電車では誰も喋らない。 連れ合いがいても、必要最低限の言葉を一言二言交わす程度で、すぐに黙り込む。 時折、イヤホンから音が漏れている人がいることもあるが、今日はそれもない。 夏なら乗り込むなり暑いとか、クーラーの真下にいると涼しいとか、そういうことを言う若者がいることもあるが、冬場は不思議と誰も何も言わない。 だから冬は良いのだ。 そんなことを考えながら、マフラーに顔を埋めて俯いたとき、ふと、目の前の女性の肩越しにスマホの画面が見えた。 横向きにしたその液晶には、打ち上げ花火の映像が映っていた。 なんとなく見覚えがある。 私の地元の花火大会じゃないだろうか。 川沿いに打ち上がる横長の配置。 翼を模した特有の花火の形状。 真夏の大花火大会の映像を、なぜ今観ているのだろう。 こんな満員電車の中で。 早朝の通勤、通学ラッシュの時間に。 イヤホンもつけていない。 本来、壮大な音楽に合わせて打ち上がる花火を、なぜ音のない状態で。 ただでさえ、花火というのは打ち上げる時の高い音に、花開く時の破裂音と衝撃を受けて、その音の時差も含めて楽しむものではないか。 静かに淡々と咲く、色とりどりの花火を、私はその女性と一緒になって、やや不可解な気持ちで見下ろしていた。 たっぷり3分はそうしていただろうか。 気づくと観入ってしまっていた。 勝手にのぞいて申し訳ない思いもないわけではなかったが、ちょうど俯いて目に入る位置だったし、そのまま目を伏せれば寝ているふりのできる体勢だった。 いつでも目をそらせると思っていたら、最後まで観てしまった。 巨大な枝垂れ柳がようやくその命を終えて、充満した煙だけが夜空に残った。 画面を暗くした一瞬。 彼女の表情が反射する。 ぎくりとして私は目を伏せた。 彼女は、泣いているようだったのだ。
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