第10話『猫とポトフ』

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第10話『猫とポトフ』

 部屋にギギを上げ、俺は残り少ない食材を引っ掻き回した。あいにくヤマネコ獣人であるギギが好みそうな肉がない。 「これは鹿だったか。いや、羊か? ギギ、羊は食べられるか?」  どうにか肉らしいものが出てきた。羊の腸詰めだ。 「鶏がいい」 「野菜は?」 「いらない」 「食べなきゃだめだ」 「いらない」  猫なら塩分はいらない、しかし人なら味付けに塩がいる。  ベランダの鉢植えで育てていたセロリ。残っていたジャガイモ。俺は寸胴に湯を沸かし、羊の腸詰めとセロリ、ジャガイモを丁寧に煮る。多少の香草と、味付けに塩、胡椒。  俺は椅子に腰掛け本を読む。ギギは窓辺に座りずっと外を見ていた。 「君は山育ちだろ、山に戻りたいと思わない?」 「戻りたい」  戻れない。人の匂いが彼を山から遠ざける。  くつくつと鍋からいい音が聞こえ、俺は食卓に瓶詰の粒マスタード、そしてカチカチになったパンを置いた。 「座って」  ギギは素直に俺の目の前の椅子に腰掛けた。 「ポトフだ。マスタードをつけて食べて。好きなら、だけど」  ニンニクと玉ねぎは使ってない。一応猫でもあることから気をつけたのだが、ギギは匂いを嗅いだだけでそっぽ向いてしまった。 「お腹空いてるんだろ?」 「肉がいい」  俺はくったくたに煮えたセロリを食った。いい塩加減だ。パンをちぎりスープに浸す。 「美味いぞ」  ギギの腹が鳴った。  ギギは鉤爪のついた大きな手でフォークを握ると腸詰めを突き刺し、口に運んだ。その口には大きな牙があり、やはり人ではないことがわかる。 「野菜も食べろ」 「野菜いらない」  見よう見まねでギギもパンをちぎりスープに浸す。奥歯に挟まり鼻に皺を寄せる。  ギギにベッドを使えと云ったが、ギギはここでいいと暖炉の前で丸くなった。毛布を掛けてやると抜け出て上で寝た。  ギギを仲間に入れようかと考えもしたが、比較的人間慣れしているとはいえ魔獣だ。この世に魔獣使いと云う専門職が存在する理由を論うまでもなく、容易に扱える存在ではない。  翌朝、ギギを寝かせたまま俺はギルドに向かった。ゼンガボルトが戻ってきてはいないかと思ったのだが、またも空振りに終わった。秘宝を換金しに来ないとは、ゼンガボルトは高額の報酬目当てで無理矢理条件上の依頼を受けたわけではないのか。  そして俺には、国王お墨付きの料理人になることともうひとつ目的ができていた。  呪いで石のようになったライホを元通りにする。項垂れている暇はもうない、とにかく金を稼ぎ、とにかく情報を集めそして、名を売る。俺が作ったパーティはゼンガボルトに奪い取られ、瓦解した。また仲間を見つけなくてはならない。  少しマシになったと思ったら後退する、その繰り返しだ。 「諦めるか。全部諦めるもんか」  俺はギルドに到着し酒場に降りた。 「よし……」  気合を入れ直す。  やはり前衛の壁役は必須。騎士見習いはどうしたろうと、きょろきょろしていると階段から騒々しい足音を立てて数人の武装騎士団が降りてきた。先頭に立っているのはネブラフィカだ。 「こっちにいたのね」 「こっち……?」  厭な予感がする。  騎士団の真ん中に立つ、立派な口ひげを生やした騎士が俺を見下ろしている。 「あれ、盗賊はどうしたの? あの貧相な戦士は? もう解散? それともまた追放された?」  俺は歯を食い縛った。ここで声を荒げてもいいことは何ひとつない。 「料理人カザン、相違ないな」 「は、はい」  ネブラフィカは腕を組み横を向いた。三年もの間行動をともにしていたのに、まるで打ち解けられなかった。  行動を共にしていた頃は、俺は俺なりにネブラフィカに近寄ろうと試みた。冒険の仲間でありながら他人行儀ではなにかと都合が悪いと思ったのが半分、そしてもう半分は、どうせ生活の一部を共有するのであれば楽しく過ごした方がいいに決まってると、そう思ったからだ。 「トガ・マギランプ誘拐の容疑で身柄を拘束する」 「え?」 「連行しろ!」  抵抗などできるはずもなかった。相手は武装した騎士団でありこちらはほぼ丸腰の料理人だ。 「ど、どういうことだネブラフィカ!」 「そのまんま。聞いた通り。弟を返さないあんたが悪い。あの子、週に一度の大切な食事会にも顔を出さなくなった。みんなあんたのせい!」 「家に戻ってないのか?」 「とぼけないで頂戴!」  マギランプの家が騎士団を動かしたのだ。今更トガを返すと云うのも変だ。いや、そもそも俺はトガをマギランプの家から奪ったつもりはない。  俺が何も云わないでいると騎士団の一人が俺の腕を引いて無理矢理立たせた。俺は瞬く間に荒縄で拘束された。 「ま、待て、ネブラフィカさっき、」  こっちにいたのね 「……俺の家にも行ったのか?」 「ギギがいたわ。どういうこと?」 「腹をすかしていたからご飯を食べさせただけだ」 「女と縁遠いからって手を出してないでしょうね? 可愛い顔してるけどあれ一応雄よ?」  腹の底から馬鹿にしたような云い方に俺は苛立った。縄が引かれる、流石に俺は抵抗する。 「あの猫、牙剥きだして襲ってきたから燃やしてやった」  ぽつりとネブラフィカが指先に炎を点した。蒼い稲妻リオーと並び、雷火の支配者とふたつ名がつくほどいまやネブラフィカの名は王国中に轟いている。  まただ、俺はまた……。 「ふざけるなァァァァァッ!」  俺は酒場から引き摺り出された。
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