第11話『イカと侍』

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第11話『イカと侍』

 そこは城内にある王立裁判所だった。  通常、市民ごときが犯した罪に王立裁判所は使用しない。マギランプ家の申し立てとあって、国政を司る執政官、そしてアネムカ王国を守護する四天王が裁判所に参上した。  竜騎士サンゴアンゴ・エンデミュート伯爵。  侍将軍ゴゾー・クジキリ。  大神官アゼカイ・ギュンピョルン。  人形使いイッゴ・オゾオドオゾ。  場違いにも俺は感動した。生きてこの目で四天王の姿を目にする日が来るとは思っていなかったからだ。  マギランプ家とはその四天王に準ずるほど、アネムカでは家格が高いと云うことに他ならない。厄介な家だとは思うが、俺はトガの真意次第だと思っている。トガが俺とは旅を続けられないと云うなら、俺は潔くトガを諦める。 「静粛に! 王の御成りである!」  そして登場するラドラ・ゴ・アネムカ王。  大柄で幅もあり、豊かに蓄えた髭と切り立った崖の如き額。眼光鋭く威厳が服を着て歩いているような、王の中の王。  アネムカの大物が集結したところで、トガ誘拐に関する裁判がはじまった  証人はトガの実姉ネブラフィカ・マギランプ。裁判所にトガ自身の姿はない。  被疑者に発言権なし、弁護人なし。原告側の発言のまま裁判は進み、刑が確定する。形式的な段取りを踏むだけの、形ばかりの裁判。 「アネムカに於いて、マギランプ家の果たしてきた功績は非常に重く貴い。その事実からも、マギランプ家末子トガ誘拐の罪は非常に重いものと考えられる。料理人カザン、貴様もアネムカ王国の民ならば、偉大なる王に貢献すべきである。クジキリ将軍、前に」  結髪の偉丈夫が前に進み出た。年の頃なら五十前後の威厳ある風貌。アネムカ王国に於いて侍の一軍団を統率しているゴゾー・クジキリ将軍。 「この者、将軍に預ける」  わけがわからないまま俺は裸にされ、広場に連れ出された。そこにはずらりとクジキリ将軍直属の侍が居並び、じっと大将の号令を待っていた。  俺以外にも下着姿の罪人たちが、逃亡しないよう首に縄を括られた状態でずらりと並んでいる。その前には刀が数十振り並べて置いてあった。  俺は理解した。  罪人に対し貢献せよとはおそらく、生身の身体を使って試し切りを行い、武器の精度を計れということだ。  冗談じゃないと思ったが猿轡を噛ませられ声も上げられない。  ライホ、トガ、そしてギギも、俺と関わったばかりに不幸になった。  ずらりと整列させられた罪人を、侍一人刀一振りにつき罪人一人。ざばりと胴を腕を首を斬り払い、新しく鍛えた刀の切れ味を見る。  殺人放火強姦。居並んだ罪人の中では罪が軽い俺は一番最後の試し切りとなった。  俺を見つめるのは無精髭の侍、酒の匂いがぷんとする。 「ユベ・キルシマと申す。おいお前、今生に申し置くことはありやなしや」  キルシマは刀を手に取り腰を落とし、居合の構えをとった。 「腕は切らないでくれ」 「これから死ぬのだ、腕も胴もあるまい。痛いの苦しいのは嫌だと申すなら安心せい、拙者は腕がいい」 「あの世でも料理がしたい」  キルシマはにやりと笑うと居合の構えを解き鞘を払った。刀を大上段に構え、甲高い声をあげながら踏み込み、思い切り転んだ。 「ああ足を挫いた! これは痛い!」  キルシマは大袈裟に転げまわり、近くで様子を見ていた同輩の侍に声を投げた。 「すまんがその罪人を拙者の屋敷に運んでおいてくれ! そこで鱠にしてくれる!」  ところ変わってキルシマの屋敷。木造の平屋、小さいながらも庭と井戸がついている。 「助けたわけではないぞ、少し話を聞いてみたくなっただけだ。罪人、名前は」 「カザン」 「どうせ切られて死ぬものを、なにゆえ腕を切るなと妄言を吐いた? あの世でも料理がしたいとは笑止。罪人の今際の際など、喚くか呪うか押し黙るかがほとんど」 「物珍しかったから連れ出したのか」 「物珍しかったから連れ出したのだ」  もしかするとどうにかなるかもしれない。  呪いによって身体が固まってしまったライホのことを考える。そして、自分から大切なものを奪った奴らを許してはいけない。 「侍、俺の料理を食え」 「罪人に料理をさせると思うか。ましてや食うと思うか」  屋敷には使用人もキルシマの家族もいない。ただひたすらに乾物の匂いが漂っている。 「不安なら監視していたらいい、俺はあんたが用意したものを使う。イカはあるかい」 「いや、今はない。拙者がイカ好きであるとよくわかったな」  スルメ臭半端ないって。それは口に出さず、俺は笑った。 「美味いイカ料理食べたくないか?」 「それは……」 「刺身で食べられそうな新鮮なイカを買ってきてくれ。青ネギはあるか?」 「庭に」 「しょうがは」 「ないな」  戯言と一蹴されるならそれまで。しかしキルシマは面白いと感じたのだろう、いそいそと買い物に出かけた。変わった男だと思う。興が乗れば罪人でも受け入れてしまう。  ほどなくキルシマは笊にイカ二杯としょうがを乗せて戻って来た。  新鮮なスルメイカを胴、頭、ゲソに分け、内蔵を破らないように取り出しよく洗い、ゲソと一緒に胴に詰める。刷毛で醤油を塗りつけながら直火の遠火でじっくりよく炙る。薬味に刻んだ葱を乗せ、おろし生姜を添える。  酒とイカが好きな人間なら泣いて喜ぶイカゴロ焼きだ。 「美味い……イカがふわふわだ、噛むと内蔵の香ばしさとほろ苦さが口に広がる。焦げた醤油が香ばしい、薬味の葱としょうがが効いているぞ。これは酒が進む!」  イカさえいいものが手に入れば誰でも簡単に作れる。キルシマはやもめ暮らしであるようだし、覚えておいて損はないはずだ。  キルシマはうまそうに湯呑に注いだ冷酒を飲み干した。 「よし、気に入った! 拙者が我が大将クジキリ様に掛けやってやろう」  陥落。料理は人の心を動かす。これはなかなか他人には真似ができない、俺の必殺技だ。もしやこれが、俺が元々持っていたスキルなのだろうか。いや、料理の基本は父から教わり、それ以降は自力で学び取っていったものだ。  キルシマがどのような交渉したのかわからない。  俺は無罪放免となった。
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