50人が本棚に入れています
本棚に追加
第9話『ライホ』
これは、俺が一からコツコツ積み上げたパーティが瓦解した要因だ。
当然伝聞による。
「なんでカザンなんだ、あいつは料理人だぞ?」
「でも、カザンの采配で私たちはやって来れた」
「いまだにD級だろうが」
「それは……でも、どうにか稼ぎになってるし。稼いで店立て直すっていうカザンの夢、手伝いたいのよ」
「店が潰れたのは王の発布した倹約令のせいだ。あいつはアネムカ王を恨んでるぞ。口に出さなかろうが、そんな不敬な感情を抱いてるような奴と冒険を続けられるのか? 冒険者のクラスが上がれば長期間の旅に出ることもある。そんな奴と旅が出来んのか?」
「それはあんたも一緒。あんた、魔物犯したんでしょ?」
「とんでもねえ出鱈目だ! リオーの野郎、何するにも大義名分が必要なんだよ、なにせ勇者だからな!」
「じゃあなんでクビに?」
「クビじゃねえ! 俺からやめたんだ、真面目なリオーも高飛車魔法使いもいけすかねえから」
「そんなこと云われても信じられない」
「とにかくカザンはやめとけ。あんた有能じゃねえか。ちなみにベルエフは、俺のところにくると約束したぞ」
「……そう」
「あの糞チビも来そうだ。云ってもマギランプだしな、連れて行って損はねえ。あとはあんただけだ」
「トガはどうしてあんたに? あの子、カザンを相当信頼してたけど」
「脅されてたんだとよ」
「カザンが? トガを?」
「僧侶である俺に嘘はつかないだろう」
「そうなのよね、あんた僧侶なのよね。この国じゃ引く手あまたの超貴重ジョブなのよね」
「な。一緒に来て損はねえ。カザンは駄目だ。あいつの名誉のため今まで口を噤んできたが、あんたが不幸になってもいけないから云っておく。さっきも云ったが、あいつは店が潰れ父親が死んだのは国王のせいだと思ってる。逆恨みだ。そんなこと、この国じゃ考えるだけでも重罪よ」
「そ、それじゃ」
「なんだ」
「カザンが王様の行動記録付けてるのって」
「……行動記録? ……そ、そりゃおまえ、暗殺の機会を狙ってるからに決まってる」
「暗殺……ッ?」
「しっ。声がでけえ! 抜けるなら今だ、カザンが事を仕出かした後じゃ仲間だったあんたは良くて所払いか牢屋行き、最悪処刑、どれも死ぬよりつれえ拷問の後でだ」
「暗殺……」
「そうじゃねえとあいつが冒険者でいる理由がわからねえ。違うか」
先に引き込んだベルエフから情報を引き出しておいて正解だった。ゼンガボルトは腹の底で笑う。トガなどより簡単に仲間に引き込めそうだ。トガは八発殴ったうえで云うことを訊かないとネブラフィカを犯すと脅していた。
「でも……」
「糞。わかった。じゃあ俺は王の暗殺を狙っているカザンを密告する。あんたが俺のパーティに入るなら、その役目はあんたに譲ろう」
随分間を置いて、盗賊ライホはわかったと答えた。
ゼンガボルトはカザンのものを奪う。なんとしてでも奪う。カザンのものが欲しくなるのだ。子供の頃から変わらない。
パーティを結成してすぐに、ゼンガボルトは依頼を受けに向かった。
マゼーの洞窟探索。
以前行方知れずになった冒険者パーティが仕損じた洞窟の最深部に眠る秘宝の奪取。リオーの一団を追い出されD級から再スタートとなったパーティにはいささか時期尚早なクエストと云えたが、ゼンガボルトはその依頼を受けるため冒険者になったと云っても過言ではなかった。リオーの一団に在籍していた時も当然その依頼を受領しようと訴え続けたが、勇者の興味は一向に洞窟に向くことはなかった。
時間を置かず出発する。もう日が暮れておりベルエフなどはいつものように文句を云ったが、どうせ行くのが洞窟なら昼も夜も変わらねえとゼンガボルトが押し切った。
しばらく歩いて洞窟に着く。ゼンガボルトはライホに敏捷性が上がる術を掛けさせ、ベルエフに先を歩かせた。
「おいチビ! 灯りを照らす魔法とかねえのか?」
あるにはあるがトガには使えない。
「糞役に立たねえ。おまえ先頭行け」
「やめなよ、トガ君通常攻撃だって得意じゃないんだから」
「馬鹿か女、盾だよ盾」
げらげらとゼンガボルトは笑い、続けてライホを行かせた。
洞窟自体は難解でも複雑でもない。罠や仕掛けもなく、それほど強い魔物が出現することもない。だから行方不明になった冒険者はよほどの初心者だったか、目的の秘宝が入れられている宝箱に施された仕掛けに因り、
「呪いがかかってる」
「そりゃ確実なのか?」
「私盗賊よ? そんなもの見ればわかる」
「いいから開けろ、解錠のスキルあるんだろ」
「解錠と解呪は違う」
ゼンガボルトは鼻を鳴らしライホが所持している半弓を奪った。
「うるせえって、口答えすんな」
ゼンガボルトは弓に矢を番え宝箱から距離をとると、ライホに矢の先を向けた。
「とっとと開けろ」
どうして仲間にそんな真似ができるのだろう?
ライホはしばらく呆然とした。こんなことでは背中を預け苦難を乗り越えていくことなど絶対にできない。
ライホは宝箱を見た。
どうして私はここにいる?
「解呪なら僧侶の領域でしょ」
「うるせえ、早くしろ」
「そっか。あんたにとって仲間って消耗品なわけだ」
「だ、駄目だライホ」
「トガ君、カザンを疑った私の負けだ」
「駄目だ!」
いいから開けろとゼンガボルトは怒鳴った。クソチビも殺すぞと付け加える。
「あとはよろしく」
洞窟から出てきたゼンガボルトはトガを何度も蹴りつけた。
「おいクソチビ! おめえよくもそんなんで魔法使いなんて名乗れるな! まるで役に立たねえじゃねえか!」
「まあまあ」
一応諫めるベルエフにもゼンガボルトは噛みつく。
「おめえも戦士名乗んのやめろ! ゴミが!」
「なんかさ、調子狂うんだよなあんたに命令されっと」
ゼンガボルトの手には秘宝が握られていた。
自分のパーティが根こそぎ奪われたこととともに、ギルドの受付からその悲報はもたらされた。
俺は単独でマゼーの洞窟に向かった。とても無謀な行為だが、その時は多分錯乱していたと思う。
松明を片手に洞窟を進み、俺は呪いで石のように硬くなったライホを発見した。
ライホを回収し俺は洞窟を出る。
ライホは俺と同じく家族はいない。仲良くしていた友人もないようだ。
足音がした。
「……ごめん、カザン、ごめん」
トガだった。
「ライホを助けに来たのか?」
「ごめん、もっと早く助け出すべきだった」
「トガのせいじゃない」
「でも」
「どうしてゼンガボルトについて行った?」
「……僕が弱いから」
トガは顔の傷を隠した。
「僕は君を裏切った」
「ライホは」
「ライホは、」
トガは下を向いたまま、再度ごめんと謝った。
「一緒にいたのにライホを助けられなかった……」
「とにかくライホを町まで運ぼう」
わかったと涙声でトガは答えた。
「カザンはどうして僕を仲間にしたの? ずっと一緒にいたの? 僕がマギランプだから?」
「違う。強いパーティを作りたかったから君とライホ、ベルエフを仲間にした」
「ぼ、僕……」
トガは大粒の涙を流した。
「使えない僕なんかをパーティに入れたせいでライホはカザンを疑った。なにか裏があるんじゃないかって考えた! そこにあいつが、ゼンガボルトが付け入った……ライホがこうなったのは半分は僕のせいだ!」
「どうしてトガをパーティに入れたことで疑われる?」
「僕の家が名家だから! カザンは王様の暗殺を考えていて、マギランプの家がその足掛かりになるんじゃないかって!」
「俺は王様付きの料理人になりたいだけだ!」
そのために現国王の行動を調べその好みを探っている。
「王家御用達の料理人になって箔をつけるつけたいだけだ! 料理人の地位を上げる、そのために俺は……」
なんという空虚なすれ違いだろう。そんなことでライホは、恐ろしい呪いを受けることになったというのか?
「トガ、ゼンガボルトはどこにいる?」
「ごめん、わからない。洞窟出てから行方知れずなんだ」
「そうか、まあそれは後でいい」
秘宝獲得のクエストならば、ギルドが高値で買取を行いそれが成功報酬となる。
ライホを治療院に預けたが、回復の見込みは立てられないとのこと。俺は当面の治療費を支払う旨の契約を済ませ、ギルドに向かうことにした。
トガは何度も何度も謝りながら帰っていった。
俺は腹の底から呻きのような叫び吐き出しながら駆けた。ギルドの入り口にギギが所在なさそうに座っていた。
「もうポーは戻らないと思う」
ギギは不思議そうな顔で俺を見た。獣人は知能は人とほぼ変わらず、簡単な言葉なら話せたはずだ。
「諦めて山に戻るんだ」
そう云って俺は、トガが云っていた言葉を思い出す。
人と暮らしていた獣人は元の自然に戻るのは難しい。ギギがもし元の暮らしに戻ろうとしたなら、人の匂いが染みついていることを嫌われ同族に攻撃されるかもしれない。
俺はひとまずギギは置きギルドの受付に向かった。しかしゼンガボルトは来ていないとのこと。しばらく待ってみたが来る気配はない。仕方がないと俺はギルドを出た。
まだギギがいた。
「腹減ってないか」
ギギは暫く考え、空腹と答えた。
最初のコメントを投稿しよう!