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H-side
<音楽? 音楽とはなんだ?>
そう○に問われたのは、仕える主を失いながらも作動し続ける機械『ロスト・アナザー・メカライファー』の観察と解析に、俺・ゲオルグ=C=リーがある惑星の『月』を訪れた時だった。
この『月』のメカライファーは建設機械の成れの果てで、彼らは主人がいなくなってもせっせと月の地表を掘り返し、もはや意味をなさない施設を組み立てている。
そこのメカライファーの一体が『○』だ。○は俺につけられた解説兼交渉役で、機械としては好奇心旺盛、イメージ豊かな設計者という感じだった。
「音楽とはなんなのだ?」
俺の基地・宇宙船の窓に張り付いた○が体表の色素膜をキラキラさせた。
「音楽? ええと……」
大気のない月の上で音を拾う必要性はないから、彼らに振動を検知する機能はない。そんな○にどうやって空気の振動の組み合わせである『音楽』を理解させよう?
俺は、会話用のモニタを取り出すと、頭を捻りながら○に音楽について説明を始めた。
……驚いたことに、○は直ぐに音楽を理解したようだった。そして一瞬で新しい概念に夢中になった。もっと、もっと教えてくれ! そうせがまれたのも、ある意味当然だったのかもな。
なんでも知りたがる○は、彼らメカライファーの中で異端だった。
機械にとって○の好奇心は不要な物で、作動プログラム設定ミスの産物とみなされ、廃棄処分が決まっていた。俺の案内役に付いたのも、廃棄処分前の猶予時間の有効利用のためだった。
メカライファーに死の恐怖はない。それは○だって同じだった。それでも俺は……。
<○にも音楽が作れるか?>
俺はある思いを持って、その問いを肯首した。
例え彼らの中ではただの変異個体・異常行動者だったとしても、○の好奇心は知性を感じさせた。○は芸術を理解した。誰かに自分の思いを伝えようと行動できる……それなら。
俺は、○が『音楽』を作るのに協力した。
「『科学者』! ○の作る音楽をどうやって保存しよう? 色素細胞のコントロールを記録するメモリがもう無くなりそうだ!」
「俺のサブコンピュータを貸すよ。○にもプログラミングしやすいように改造した」
「感謝する『科学者』! これで長時間単位の『音楽』ができる!」
○は自分に当てはめられた役割を忘れて、作曲に熱中した。地球の音楽家のように。
○の為に俺は宇宙船のシステムで巨大発色膜まで作った。○の作り出すイメージは到底○の体表色膜だけでは表現できないと思ったからだ。そして……とうとう、○は『音楽』を完成させた。
それは、○が廃棄される一日前の事だった。
……『月』の夜側の空に大きな幕が張られる。俺と○は一緒にその下で寝転んでいた。○以外のメカライファーは誰も『音楽』に興味を示さず、ここにいるのは、俺と○だけだ。
半透明の膜の向こうには満天の星が広がっている。ぼんやりと異星の夜空を眺めていると、人工の光が一つ灯った。色。様様な色がゆっくりと膜一杯に広がっていく。色はゆらめき、輝度を変え、確かに何かを表現していた。静かな宇宙を背景に静かに色の乱舞が繰り広げられる。
「これは『音楽!』か?」
○が尋ねて来た。俺は、音もなく踊る色の舞に圧倒され、直ぐには返事ができなかった。
……数分後、流れる涙が収まってから俺は答える。
「ああ。そうだ……これは本当に美しい『音楽』だよ」
そうして、俺は○とのコミニュケーション用発光パネルを再度光らせた。
「○。地球へ行ってみないか?」
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