M-side

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 その『概念』を知った時、この存在『○』は一単位時間にも満たない僅かな間にとりこになった。  それを○に教えたのは、異星から我々の世界『月』に来た『科学者』と名乗る一体だ。その個体は、我々『@*%%#』のような仕える主を失いながらも作動し続ける機械『ロスト・アナザー・メカライファー』の研究をしていると言っていた。  ○は、我々の代表として科学者と対話する役目を与えられた。  そして、その概念を知ったのだ。  それは我々の感知できない事象である『振動』を利用していると、○は科学者に教えてもらった。我々が体表面の多色色素細胞膜を利用し、色の組み合わせパータンで様々な情報を伝達するように、振動を利用して情報を伝達するらしい。  驚いたことに、それで使われる事象は、ある一つのパターン……つまり、同一の指令でも受け取った個体ごとに、個別の行動を喚起させるものなのだと科学者は言った。  なぜそんな事が? もっとその概念について教えてくれ! ○は何度も情報の更新を求めた。  科学者は我々と同じように、体表に多色色素細胞を持っていた。だが、かなり細かな交流ができるその色調を使っても、科学者は○へその概念を教えるのに四苦八苦していた。  それでも科学者の教えてくれる新たな概念は、○にとってとても興味深かった。  それは、○にある仮説を持たせたからだ。もしかしたら、その概念を使えば、今までどんな施設を設計・建造しても実現できなかった、○という個体の感じる感覚が表現できるのではと。  月の裏側から表側に移動する際、母惑星がだんだんと姿を表す。その時の、母惑星をすぐにでも視界いっぱいに捉えたい。いや、もっとゆっくりと進んで時間をかけて見たいと迷う感覚。あるいは、月面の大きなクレーターの淵に留まり、最大単位時間を使って影の様子を観察している時。また、数十世代前の建造物の間を走行する時。それらの時に頭脳回路を走る感覚を。  新しい概念を使えば、その時の感覚を他の個体にも想起・再現・伝播できるのでは?  ○は科学者に「○にもその概念が設計できるか?」と聞いてみた。科学者は「可能だ」と答え、「○が設計するのに協力する」と言った。  その日から○は新しい概念を『@*%%#』流に設計するのに夢中になった。  ○が概念を設計するのに費やした時間は膨大な単位に及んだ。この月の上で初めて『@*%%#』が設計するものだ。全ての個体に届くプログラムを創りたかった。  科学者も◯に協力してくれた。一体の体表で表現できる設計図はごく限られ、それでは全ての個体には届かない。だから、大きな画面を使ってプログラムを表現しよう!  そしてとうとう『◯』が設計したプログラムを表現する時が来た!!  ……○と科学者は二体並んで大きな幕の下に寝転んでいる。月の夜に張られた半透明な幕の向こうには満点の星。その星々は瞬かずじっと二体を見下ろしていた。  ゆっくりと幕に色が灯る。様々な色が膜の表面に現れては消え、消えては産まれる泡沫の形状を作り出していった。静寂の中、何のコミュニケーションも取らず、二体はただ見上げていた。  目の前のプログラムは、科学者が教えてくれた新しい概念に合致しているのか?  この概念で、この月面世界の与える驚きを表現したいと思った。我々の世界の素晴らしさを。それが、隣で空を見上げている科学者にも伝わっただろうか? ここにいるのは二体だけ。○と同一の存在である『@*%%#』は一個体として、興味を持たなかった。同じ指令を受け取れる存在は誰も、この現象を観察してはいない。それでも。 「これは『音楽』か?」  宇宙を背後に織りなす輝き。その下で○が尋ねると『科学者』は多少時間断絶を取り答えた。 「ああ。そうだ……これは本当に美しい『音楽』だよ」
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