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隠密
野原さんに連絡を取る。
私たちの現状を説明し、スカウトを受ける前に生活基盤を安定させることが優先であることを話した。私の話を聞き、野原さん自身が私たちをサポートすると約束して頂けたので、生活の場を探してもらうことと、優秀な産科医の紹介をお願いした。収入についてもサポートをと提案されたが、幸い私は株投資に成功していたのでこれについては断り、正式にスカウトを受けた。
稀少種をサポートする者は称して「隠密」と呼ばれる。世間の噂で法に縛られない番人がいると聞いたことがあるが、それがこの隠密であった。
私がサポートするのは十一歳の稀少種で「橘キリト」精神的ショックで力を暴走させた不安定な子供だという。
彼に会うために野原さんの案内で橘キリトの住むマンションへ赴く。廊下を歩き、橘キリトの待つ部屋へと向かっていると、高校生くらいだろうか、少年が向こうから歩いてきた。
「キリトくん!」
野原さんが呼び止めた少年は、光のない目でこちらを見た。
「野原さん……僕に構わないでください」
これが十一歳の子供?直樹と同じ年齢のはずだが、とてもそうは見えない。構われなくないと言う人間と関わるのは面倒だと思うのは私だけだろうか……
「キリトさん?」
声を掛けると、感情のない目が私を見る。
「どなたですか?」
「隠密と言う名の、あなたの子守りでしょうか」
「子守り、ですか。隠密が子守りなんて聞いたことがないですよ。必要ありません」
淡々と話す彼からは、全く感情が見えない。
「私は、私の番と自分の居場所を得るために隠密という名の子守りを請け負っただけです。分かりますか?私にはあなたより優先すべき大切なものがある上に、私にとってあなたはただの子供です。稀少種の隠密になったとは思っていません。私にとって何より優先すべきは番です」
そう、大切なのは由紀乃だけ。
「……羨ましい」
ボソリと呟くような声はとても聞き取れない。
「キリトさん?」
彼は僅かに唇の端を持ち上げ私を見据えた。その目がゆっくりと撓む。
「あなたは嘘がない。淀みも感じない。あなたにとって僕はただの子供、それがいい。あなたは信用できる」
「…………」
「あなたが僕に愛想を尽かすまでは僕の隠密でいてください、あなたの大切な番の為に」
この日から、私と由紀乃は二人の居場所を手に入れ、新たな生活をスタートした。
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