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余興
高等部を卒業し、十九になった私を養父は跡取りとして、事あるごとに連れ歩くようになった。今日は会合に参加する養父と共に、会場となる家元の屋敷に訪れていた。今夜はこの屋敷に泊まりとなる。
聞けば一門の中にベータは義父を含め三名しかおらず、今回の会合参加しているベータは義父だけであった。ベータがアルファの養子を迎えたというのは一門の長い歴史の中でも初めてだということもあり、私は外見も含め好奇の目で見られ、なんとも居心地の悪い中で一連のスケジュールをこなした。
招かれた各自が部屋を与えられ各々に過ごす。家元に酒の席へと誘われたが、未成年であることを伝え、断るついでに道場の使用許可を得る。
心の疲労を忘れ、広い道場で一人、愛刀を握り汗を流す。
ゆっくりと、そして素早く。一寸の狂いも許されない。空気さえも切り裂く私の愛刀は、その黒い刀身に光を受け妖しくも美しく光る。気がつけば夜も更け、辺りはしんと静まり返っていた。刀身を鞘に収め、道場を清め礼を尽くし、家元に一言礼を伝えるため誘われた酒の場と向かう。既にお開きになっている可能性もあるが、その時は明日一番に礼を伝えよう。この夜更けに家元の自室へ顔を出すことはできない。
広い屋敷の長い廊下を進みながら二つの角を曲がり、重厚な扉の前に立ち、四度ノックする。しばらく待ち、返答がないのでその場を離れようと体の向きを変えたとき、ガチャリと扉が開いた。
「いいタイミングで来たな。混ざるか?」
中から上機嫌と言った様子の男が現れた。たしか、この男も私と同じく跡取りとして紹介されていた。
「いえ、私は酒の飲める歳ではありませんので先に休ませていただきます。こちらに家元がいらっしゃれば、本日の礼をさせていただきたく、参りました」
「……そうか。家元は中で余興を楽しんでいらっしゃる。入って礼をすると良い」
「余興?」
「ほら、入れよ」
「……はい、失礼します」
足を踏み入れた部屋には誰もいない。しかし、襖で隔てられた向こうそばから声が洩れ聞こえてくる。
「……っ!……ぁぁ…………って、……んっ……」
「……ちゃん、……けよっ……」
……随分と悪趣味な余興だ。この場は退散しよう。
「すみません、家元には明日一番に礼を伝えます。私はこれで失礼いたします」
「待てよ」
男は、扉に向かった私の腕を掴み、力任せに引き戻した。
「離してください」
思わず男を睨み付け、腕を振り払う。
「怖いなぁ……」
ニタリと笑った男は襖に向かい声をあげた。
「おい!誰か襖を開けてくれ!」
「どうした!」
「いいから!」
ガタンと乱暴に開けられた襖の向こう……なんだ、あれは……
「良い眺めだろ?」
男はごくりと喉を鳴らした。
「……良い眺め?あれが?」
「ああ、最高にそそるオメガだ。美人で従順で可愛い。具合も良くて、おまけに避妊しなくても良いなんて最高だろ?」
「子供にあんな……犯罪ですよ」
「ははっ、やっぱりそう見える?あれは二十一の立派な大人だよ」
「二十一……」
そこでは、赤い襦袢を着崩した一人の小柄なオメガに、三人の体躯の良いアルファが纏わりついていた。オメガの細い首には美しい銀色の装飾が施された項を守るための首輪があり、鈍く光っている。
一人はオメガを後ろから抱え、オメガの両手を片手で後ろに纏めあげ、もう片方の手でオメガの小さな顎を掴み唇を貪る。
一人はオメガの背中に片腕を回し、舌ともう片方の手で小さな尖りを酷く扱う。
一人はオメガの細い脚を抱え、その脚を撫で回しながら中央に顔を埋め、わざとだろう下品な音をたてる。
そうされながら、オメガは眉を寄せ涙を浮かべ、長い黒髪を乱し、肌を桃色に染めビクビクと体を震わせていた。
淫猥な音にオメガの悲鳴に似た声が混じり、聞くに堪えない。
しかし、それを周りで眺めるアルファたちはオメガを嘲笑う。
「いやらし声だしちゃって、何されても嬉しいんだねぇ」
嬉しい?あの表情が?違うだろう?
「ゴムすると、全部中に欲しいって泣かれるし、相当なスキモノだよなぁ」
「すっごい音聞こえるけど、あれ、掻き出してるんだよな?どれだけ溜め込んでたんだろうなぁ」
「ざっと八人分くらい?」
三人のアルファにされるがままのオメガを眺めながらニヤニヤと笑うアルファたち。何が楽しいのか、全く理解できない。
「尻の穴ゆるゆるになってるんじゃねぇの?まだまだこれからだろう?」
「問題ないって。そろそろ薬の時間だ」
薬?
「何の薬だ」
「えっ……あぁ、お前、ベータの……」
「何の薬かと聞いている」
「ああ、怪しい薬じゃないよ。フェロモン誘発剤、聞いたことくらいあるだろ?病院でも処方される一般的な薬だ」
確か、人工的にオメガの体にヒート(突発的な発情)を起こさせる薬のはずだ。不妊治療の為の薬。
「ゆきちゃんは妊娠できないオメガなんだよ。でも、赤ちゃん欲しくてお仕事頑張ってるらしいぞ」
仕事……
「ヒートでも遠慮なく中出しできるオメガなんだ。最高だろ?」
最高?これだけのアルファが性欲処理の道具のように彼を扱うというのか?誘発剤まで使って?
少なくとも、私にとって彼は助けるべき対象でしかない。できることなら、あのアルファ達から引き離し、この部屋から連れ出してしまいたい。
しかし、その後は?これが彼の仕事というなら私のやろうとしていることは単なるエゴだ。
ゆっくりと一呼吸起き、踏み出しそうになる足を踏みとどめる。
少し冷静になると、義父のことが頭を過った。
何より、私の身勝手で義父に迷惑をかけるわけにはいかないのだ。
「由紀乃、薬の時間だ」
彼の名を呼ぶ家元の声に、ハッと我に返りそちらへ目をやると、家元が彼の目の前にさな赤い小瓶を差し出していた。
「はやく、ください……赤ちゃん、ほし……」
震える小さな声に、家元はにんまりとした笑みを浮かべた。
その笑みに背筋がゾッと冷たくなる。
「口を開けなさい」
ゆっくりと傾けられる小瓶の下で彼は口を開き、トロリと流れ落ちる滴を受け止め飲み下した。
すると、彼から甘ったるい匂いが立ちあがり、あっという間に部屋を満たした。
その匂いに煽られたらしいアルファたちはギラギラとした視線で彼を見つめ、じわりじわりと近づいていく。
これは、フェロモンなのか?
誰よりもオメガフェロモンに過剰反応していた自分の体が、目の前でオメガがヒートを起こしたというのに全く反応していない。それどころか寒気を感じ吐き気までする。踞りそうになるのを鞘を握り耐える。
「はや、く……はやく……お願い、はやく、ちょうだい……」
目の前では、一段と肌を赤く染め呼吸を乱した彼が、うっとりとアルファを見上げ強請り始めていた。
先ほどまで辛そうだと思っていた彼は、そこにはいなかった。
椿はゆっくりと部屋を出た。
その後ろ姿を、由紀乃の縋るような視線が追っていた。
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