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 十月を迎えても一向に弱まる気配を見せない秋雨前線のせいか、見遣った車窓の外は此の所の陰霖(いんりん)により、もったりとした(もや)叢林(そうりん)の枝葉に臥する、代り映えしない景色が続いていた。  秋庭(あきば) 一樹(かずき)は、通り過ぎたばかりの外門が世俗を断つ様に、しめやかに閉じられる音を車内で聞き取るなり、身体を預けていたシートから背中を浮かせ、緊張をもって居住まいを正した。  古色を帯びた外門を通り過ぎた瞬間、自身を取り囲む空気が鋭利なものに変わったのを、肌で直に感じ取ったからだ。  舗装された緩やかなつづら折りの道路を山頂に向けて走る間も、セダンの後部座席に座した自分を、ありとあらゆる角度から監視されている様な、落ち着かない感覚を覚える。  膝上で握り締めた拳に、じっとりとした汗が滲んだ。  『ここ』を訪れたのは初めてではないが、この先何度訪れたとしても、この感覚に慣れる事は一生無いだろうとすら思える。  外門よりは華奢な印象を与える内門が見えて来た頃だろうか。  漸く、肌に刻み付ける様な鋭い視線から解き放たれた気がし、内門の側にある駐車場に車が停められると、彼は無意識のうちに安堵の息を溢していた。   「こうも視界が悪くては、景色を楽しむ事も出来なかっただろう。車酔いはしてないか?」  運転手に礼を伝えて車を降りると、見計らったかのように低く寂声(さびごえ)が掛けられた。  霧雨の中、玉砂利を踏みしめる音と共に現れた人物を認め、深く一礼する。 「柳さん。いえ、問題ございません。ここまでお送りいただき、ありがとうございました」  『 裏 』西園寺家当主の側近にして、護衛達の指南役でもある(やなぎ)(りつ) は、僅かな隙も感じさせない佇まいはそのままに、微笑を浮かべた。 「雨天続きで、視界も足元も良好とは言えないからな。お前に何かあったら(かなめ)が悲しむ。礼なら、あの子に伝えるといい」  要をあの子。と呼んだと同時に、日頃の冷然とした雰囲気が温かなものに変化したことに気付く。  『 裏 』西園寺家次期当主にして、柳の一人息子、(きょう)の忘れ形見でもある要を、態度には出さずとも深く慈しんでいる彼の心が、一瞬だけ覗き見えた気がした。 「ついて来なさい。『奥』まで案内しよう」  踵を返した柳と歩幅を合わせながら内門を潜り、白玉砂利が敷き詰められた前庭に足を踏み入れる。  先ず目に入ったのは、左手にある心字池の上に建つ、数寄屋風の風雅な茶室。  右手に視線を巡らすと、裾野に扇状に拡がる城下町の景観を損なわないよう造型された、見事な庭園があった。  しかし今は生憎と、情緒豊かな城下町は山の中腹を漂う濃い霧雲に覆われ、隠されてしまっていた。  『裏』西園寺邸が建つ山域ごと、地上から切り離された様な心もとなさを感じている一樹に、屋敷の玄関口となる式台を越えて、広々とした上がり框に上がった柳が何気なく振り返った。 「車の免許は、夏休みに入ってから取るそうだな。それまではこちらから迎えを寄越すつもりでいるから、遠慮せずに使うといい。外門からここまで歩いて来るのは骨が折れるだろう」 「は、はい。ご厚意に感謝申し上げます……」  引き攣りそうになった口許を、低頭する事で誤魔化す。  柳に指摘された通り、大学に上がったら長い夏休みを利用して自動車の運転免許を取得しようと、考えてはいた。  だが、考えていただけで誰にも口外した記憶は全く無いのに、なぜそれを当然のように知っているのか……。  先程の外門を潜り抜けた時に感じた、全てを見通しているかの様な怜悧な視線を受け、ぞっと身の縮む思いがした。  
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