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13.
宵闇と静寂が澱むキッチンに、小夜嵐が雨戸を揺らす音が微かに響いている。
南棟に備え付けられた、こじんまりとしてはいるが、必要な調理器具が揃った現代的なキッチンに入った要は、冷蔵庫の扉を開けてミネラルウォーターのボトルを取り上げた。
湯浴み後の火照った身体に、庫内の冷気が肌を撫でるのを感じながら、蓋を掴む手指に力を籠める。
「んっ……」
しかし上手く力が入らず、蓋を開けるのに四苦八苦していると、ひょいと背後からボトルを取り上げられた。
「――― ただいま。兄さん」
カチッ、と軽快な音と共にボトルの蓋が開けられ、充は躊躇うことなく、飲み口を自分の口元に持って行った。
「充……。あ…、ん……」
振り向いた要の口唇を塞ぐと同時に、口移しで水を与え、ごくりと嚥下したのを確認してから、低い声音で囁いた。
「奥勤めが何度も声を掛けたのに、二人揃って午餐室までなかなか来ないから、弥扇様が寝所まで呼びに行ったんだって?」
要の寝所に立ち入れる人物は、限られている。
『裏』の血を引く奥勤めであっても、彼等には襖を開ける事すら許されていないのだ。
困りきった様子を見かねた柳が南棟に向かおうとすると、何故か満面の笑顔で、弥扇がその役目を引き受けた。
「寝所に踏み込まれても気付かず行為を続けていた位、一樹さんと仲良く睦み合っていたって、弥扇様嬉しそうに笑ってたよ」
その時のくだりを思い返した要は、返す言葉も無く赤面して俯いた。
「兄さん。そのままでいいから、脚、開いてくれる?」
にこやかな充に小さく戦慄を覚えながらも、シンクの縁に手を置いて体重を掛け、心持ち右脚を上げた。
「………んっ」
絹の浴衣の裾をたくし上げ、柔らかな前方に軽く触れると、充はくすりと笑った。
「なんだぁ…。一樹さん、僕が着けた貞操帯、外しちゃったんだ……。もっと、兄さんを焦らしてあげたら良かったのにね」
「み、つるっ……」
ゆるゆると陰茎を扱き、露を零し始めた前方から会陰を辿って、縁を丁寧になぞり上げる。熟れた様に熱を孕んだ窄まりに、露を纏った指先を潜らせた。
「ひッ……ぃ…!」
びくっ、と反射的に身体を反らせた要の背を受け止め、耳元で囁く。
「中、自分で洗ったの? 僕が洗うからねって、言ってたのに…」
ゆったりとした口調とは裏腹に、要の内部を確かめる指の動きが激しくなって行く。
「や…やめて、充ッ…」
――― 貞操帯を外された後、散々一樹にいたぶられた陰茎が再び熱を持って疼き出したのを感じながら、強張らせた下肢を震わせた。
粘ついた淫靡な水音が、静かなキッチン内に響く。
充は薄紅に染まった耳朶を食み、
「ここをこんなに腫らすまで、愛し合ったんだね…。また、無意識に一樹さんを操っちゃったんじゃないの?」
そう呟くと、着ているスーツのポケットから、掌に収まるサイズの器具を取り出した。
「―― これ、着けてあげるよ。兄さんも好きでしょ? パルス電流が流れるタイプの、貞操帯」
「みつるっ…! おねがい、許してっ…」
内部で鉤状にして引き抜いた指の代わりに、そそり立った先端を肉環に圧し付ける。
ぬるぬるとした先走りの液が温かな粘膜に馴染むのを待ってから、ぐっ…と内奥まで突き上げた。
「はぁぁああ…あ、ぁうう……っ!」
狭隘な内部を拓かれていく快感に、身を捩って喘ぐ要の身体を抱き支え、手早く貞操帯を装着すると、かちりと鍵を掛けた。
――― 力の制御を誰よりも得意とする要が無意識に操ってしまう程に、彼を夢中にさせてしまう、義兄の秋庭 一樹……。
微笑み続ける充の胸奥で、火柱の様に嫉妬の炎が吹き上がる。
「本当に、悪い人だなぁ兄さんは…。次は僕が、兄さんを愛してあげるよ」
笑顔で隠しても漏れ出る情欲と、端々に狂気が入り混じる充の言葉。
「ああ……。ゆるし、て…みつる……」
青白い身体を震わせ、波打つ飴色の髪の奥で、要の珊瑚色の口唇が薄く弧を描いた。
傀儡の糸【番外編】終わり
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