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 連なる山々の稜線を灰白色にけぶらせていた雨が、再び雨脚を強めた。  棟を囲う叢林の枝葉を、嶺渡(ねわた)しの風と雨粒が揺らしている。  徐々に間隔を狭めて行く、濤声にも似た心音に耳を澄ませていた要は腕の中から面を上げ、宵の口の仄暗さを覗かせる一樹の瞳を、一心に見つめた。 「こうして触れ合うことが、嬉しいはずなのに…。別れ際を思うと、寂しくなるんです。次はいつ会えるんだろうって。一樹さんが大学に入ったらここで一緒に暮らせるって頭では分かっているのに、心の歯止めが…かからなくなるんです」 「要……」  伽羅の瞳の奥に潜む微かな情欲を感じ取り、乾ききった胸が温かなもので満たされて行くのを感じる。  迸る情熱に衝き動かされ、(おとがい)を掬い上げて要の口唇を奪った。 「かず……ん、んっ……」  強引で性急な口付けは息苦しいのか、舌で割り開かれた珊瑚色の口唇からあえかな喘ぎが漏れている。  それでも一樹の背に回された手は、片時も離れたくないと訴えているかの様に、しがみ付いている。 「要、好きだ」  ―― 入学式の日に初めて要と出会った時から、今もこうして彼に心を囚われている。  要の存在は、子供の頃から知っていた。  実母の利香から何度か聞かされたことがある名前だからだ。  実父の昴の心を奪い、長年母を苦しめ続けた憎い(あやめ)に良く似た、美しい青年。  母は「いずれ会うだろう」と予言めいた言葉を呟いていたが、本当に同じ高校に入学して来て、早々に出会う事になるとは思っていなかった。  更に言えば、父親の再婚相手の連れ子として、要と家族になるとも思っていなかった。 ( ……違うな。認めたくないだけで、本当は気付いていた )  柔らかな口唇から、透ける程に薄い首筋へと口付けを移し、後ろ手で要の帯を解く。  まるで最初から取り決めがされていた様に、一樹が高校生になったと同時に両親は離婚し、利香は母親としての資格と責任をあっさりと放棄した。その後も連絡一つ寄越そうとしない冷たい態度に、何度も心を引き裂かれそうな思いがしたものだ。  子供の頃からずっと、母の愛に飢えていた。  自分を一切見ようともせず、常に無表情で心ここに在らずといった母の関心を引きたくて、母が嫌っている父を目の前で詰ったこともある。  母の心が知らない男の所にあるのは薄々感付いていたが、それでも気付かないフリをして来た。  愛されていないと感じる度、自分を見て、愛して欲しい。と(こいねが)う欲求が増して行くのを、止められなくなった。  そして引き上げる事も下ろす事も出来ずに、宙吊りのまま膨張した母への愛慕は、あやめの入社と両親の離婚、父の再婚で張り裂け、歪な形となって萎んでしまった。  やはりか……。  と、父に裏切られた想いは強く、母が二度とこの家に戻ってくることの無い現実を受け入れた瞬間、微かに残っていた期待は憎悪となって膨れ上がり、その矛先はあやめに良く似た要に向かった。  生まれた時から母親の愛情をたっぷりと受けて育ち、義父の昴からも実の子同然の扱いを受けている彼を見ていると、正気ではいられ無かった。  入学式のあの日。  いとも容易く自分の心を奪った青年が、ずっと憎み続けて来たあやめの子供だったなんて、冗談だとしても笑えない話だ。    ―― 要を再起不能になるまで徹底的に犯し、やがて家族が彼の異変に気付いたら。  父は、充は、あやめは、母は……。どんな反応をするだろう。  身も心も傷付いた要とあやめ達を見て、母は笑うだろうか。それとも、我が子の不始末を嘆いて泣くのだろうか。  全てを知った時の、彼等の表情を想像するだけで気分が高揚し、胸のすく思いがした。  その後の彼等がどうなろうとも構わない。どれだけ責められようが恨まれようが、卒業と同時に家を出る自分には関係のない話だ。  そうなれば二度と要に会うことも無いだろうし、彼は『その時』を迎えるまでの慰みでしかなく、ただの道具でしかなかった。  
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