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そして、今日、篠崎由衣は一人で図書室にやってきた。
この静けさの中でならば、篠崎に変に話しかける奴はいない。彼女は人の目を気にすることもなく本を探すことができる。
ここから人が大勢いる「教室」に戻っていくまでは、まだ距離があるだろう。七倉先生は、まずは篠崎がこの図書室に慣れるところから始めてもいいと思うと言っていた。
そこに僕ができることはたぶんないけれど。
せっかく同じ綾村陽香を読む仲間としては、こっちから話しかけてみてもいいのかもしれない。が、なんだかナンパみたいだし、わざとらしくなりそうなのでやめておこう。
そんなことを考えていると、
「あの……」
ふいに話しかけられた。聞いたことのない声に顔をあげると篠崎が立っていた。「永遠の一瞬」五巻を大事そうに抱えていた。
「この本を借りるときって……、生徒証をどうやって……」
篠崎は貸出用PCの前で戸惑っているようだった。
「ああ、それは」
僕は立ち上がった。
篠崎の両肩がビクッと僕を怯えて揺れた。威圧感を出したつもりはなかったのだが、ここで僕が困惑してたらまた篠崎は学校に来れなくなってしまうのかもしれない。
そうは言っても、僕だって女の子と話し慣れているわけではない。蒼斗みたいに器用には振る舞えない。少しぐらいは緊張する。
僕はできるだけ笑顔で接してみた。ぎこちなくないかな、と思ったけれど、マスクをつけたままじゃ相手に笑顔かどうかなんて伝わらないよな、と一人で心の中で突っ込んだ。
うまく話すことができたかはわからないけれど、篠崎は小さな声で「ありがとう」と言った。長い睫毛の目が柔らかなアーチを描いた。
たぶん、笑ってくれたんじゃないかな、と思った。
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