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東北にて 3
それから50年の月日が流れた。
私たち夫婦は、米寿の旅行で東北の小さな港町を訪れた。
私たちが所有する古い賃貸住宅には、まだ人が住んでいる。
その家の前まで行った時、庭の草むしりをしていた老婆に、私たちは大家であることを告げ
「この家の住み心地はいかがですか?」
と尋ねた。
「爺さんが亡くなって、もう20年近く、あたしゃ一人で、ここに住まわせていただいておりますが。何となく一人っきりじゃないような、誰かが見守ってくれとるような気配を感じるでな。爺さん、天国へ行きそびれて、この家のどこかでウロウロしとるかのう」
「あなたは感じるのですね。この家には天国へ行きそびれた人が確かに眠っておりますから。あなたは一人ぽっちではありません」
私は、さり気なく、そう告白した。
長い歳月を経て、あの男も真っ白な骨だけになったであろうと思うと、やっと告白という文字を、使うことが許される気がした。
それまで私は、どす黒い土の底に眠っている男を思うと、告白という文字さえ明るく美し過ぎる気がしていた。
潔白の意味を持つ白という文字を、思い浮かべるだけで抵抗があった。
私の胸の奥底には、ただ告の一文字がミミズ腫れになって、常に浮き上がっていた。
「君が、あの人に告白したから。僕は君に告白する。殺されかけた君と僕の二人が、一人だけしか殺さずに済んだことは不幸中の幸いだった。神様が許して下さるとは思わないけれど、君を救うことができたことに僕は満足している」
Burnの告白に、50年間、ミミズ腫れになって浮き上がっていた告の一文字は、いつしか夕映えの海に溶け込んでいった。
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