棺に眠るナルシスト

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棺に眠るナルシスト

 天使のモチーフが飾られた石造の花瓶には、溢れる白薔薇。  蒼と黒と白の色合いが絶妙に絡み合う、アンティーク風の絨毯。  壁には流れるタッチで描かれた印象画。  ホテルのスイートルームのような豪華な一室の中央に佇む、漆黒の棺。  棺には、金粉を惜しみなく使用した鳳凰の蒔絵。    私は近寄り、棺を覗き込む。  紅薔薇が敷き詰められており、所々を白百合が舞うように飾られている。なかには、ひっそりと目を閉じる男の姿を。  ダークブラウンの柔らかな髪と対照的な、桃色掛かった肌の色。 鼻筋がすっきりと整った顔立ちに、紅色が鮮やかな唇が際立つ。  彼の持ち合わせる身体の色彩を引き立たせるような、ワインレッドのスーツ。  彼を目にした人間まで冥界へと引き込んでしまうような美青年。  私は鞄よりスマホを取り出し、彼の最期を写真に残す。  美しい彼の、生きた証を。  棺全体から顔をアップにしたものから、何枚も何枚も、撮影する。  一通り撮影をし終え、彼の耳元に囁く。 「麗」  棺に眠る男・麗は瞳を見開く。  琥珀色の瞳だ。  起き上がるなり、目の前に差し出された私のスマホを奪い取り、写真を食いつくようにして見る。  何枚か撮った写真を確認すると、そのまま再び棺へと倒れ込む。  紅薔薇と白百合が、ふわりと舞う。  麗は棺から起き上がり、再び自らの写真を眺めると肩を小刻みに震わせる。  薔薇色の柔らかな頬に涙を零す。 「棺に眠る僕……なんて……なんて……美しいんでしょう! 生きているだけで、永遠の十字架を背負う運命ですッ!」  彼はスーツのポケットから手鏡を取り出し、自らを見つめて頬を染める。 「写真も素敵ですが、やっぱり実物には劣りますね。僕の美しさに、幽霊だって成仏してしまうこと間違いなし……」  麗は、手鏡を上に掲げたり、下から横から自らを映し、最も美しく見えるような角度を探している。  彼は、決して永眠していた訳ではない。  自らコーディネートした棺のなかに入る写真撮影を日課としているのだ。    彼の名は華菱 麗。  棺コーディネーターであり、ミナト区役所幽霊保護課黄泉送致係の職員だ。  なお、救い様のないナルシスト男は、契約上の婚約者である。    一言では説明できない現実に、頭から勢いよくダイブしてしまった当時の私に、よく助言してあげたい。  契約書はしっかり目を通さなければならない、と。              
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