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「熊野先輩」
教室へ向かう廊下を歩いていた熊野せりかは、見知らぬ男子生徒に呼び止められた。
何か落とし物でもしたかと思ったが、制服のポケットにはちゃんとスマホもハンカチも入っている。
他に落とすような物は持っていないが、何だろう。
目の前にいる男子生徒はずいぶんと緊張している様子だ。
せりかを前にして、彼は視線をあわせずうつむいている。やや耳が赤い。
さきほどせりかのことを先輩と言って呼び止めたことから、彼がせりかより下の学年であることがわかる。
けれど年下の男子生徒に呼び止められる覚えがせりかにはない。
一体何の用だろうか。考えてせりかははっとした。
せりかは今、職員室から自分の教室のある棟へ戻るところだった。廊下にせりかと彼の他に人の姿はない。
人のいない廊下。男子生徒と二人。
相手は緊張した面持ちでせりかに何かを言おうとしている。
これはもしかして、いやもしかしなくても……。
そう考えたとたん、急にせりかの心拍数は跳ね上がった。
小学生のとき、少女漫画を読んで、中学生になれば告白されて、彼氏ができて、素敵なデートをすることがあるのだと妄想したものだ。
それがいざ自分が中学生になってみると、周りの男子は小学生から知っている子ばかり。
それも小学生がそのまま中学生になったみたいに子供っぽい男子ばかりだ。
とてもじゃないが、告白なんて甘い展開はない。
漫画みたいなときめきは現実にはないのだと、せりかは知った。
それが今、せりかが中学3年になって初めて、目の前にきた。
そうと分かれば、せりかは改めて彼を見た。
身長は170センチぐらい。体つきも太っていないし、やせてもいない。何か運動しているのだろうか。ちょっと筋肉質っぽい、男の子らしいごつごつとした体つきだ。
顔はどうだろうか。
彼はさきほどからうつむいているため、彼の顔がよく見えない。
とても重要なことなので、顔をあげてくれないだろうか。
そう思っていると、意を決したように急に彼が顔をあげた。
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