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Episode3.金の靴と銀の髪留の秘密
「あら、そうなのね。でも大丈夫よ。あなたのお母さんはね、誰かに奪われることがないように武骨な木製品に偽装する魔法をかけていたのよ。その場方が解けただけよ。」
「え? 魔法? お母さんが、魔法?」
赤ばらは、瞬きをしてウルラを見つめました。
『魔法』は、魔法力というものを使って色々な現象を起こすらしい、と赤ばらは聞いたことがありました。魔法の力は生まれつきの才能のようなもので、誰にでも使えるものではないそうです。どちらかというと女性に適性がある場合が多く、魔法が使えるものを魔女と呼んでいました。
「あなたのお母さんはね、とっっても優秀な魔女だったのよ。そんなあなたのお母さんが、あなたのために遺したものだから、身に着けてあげて?」
ウルラの言葉に頷くと、赤ばらは手櫛で髪を梳いて髪留を身に着け、脚についた土を払い落としてから靴を履きました。すると、不思議なことに力が溢れてくるような感じがするのでした。
「…そう言えばね、ウルラ。」
不思議な感覚に包まれながら、赤ばらはウルラに尋ねます。
「この、お母さんが私に遺してくれた靴と髪留は、義妹に燃やされたはずだったの。暖炉の中に投げ込まれて… 灰になってしまったのよ? なのに、ついさっき、私の目の前に現れたの…」
「あらあ、意地悪ないもうとだったのねぇ… でも、魔法のかかったアイテムは普通の炎じゃ灰になるどころか、焦げもしないわよ? 多分、あなたが一人になるまで姿を消していたのね。あなたのお母さんが作ったものだもの、それくらいできそうだわ。」
ウルラは、そう言うと視線を森の奥へ向けました。
「大変だったわね。その靴と髪留の使い方も教えたいし… あなたのお話も聞きたいわ。少し先に大きな木があって、あなたくらいなら余裕で横になれるくらいの洞があったわ。今夜はそこで休みましょう?」
ウルラの提案に赤ばらは頷くと、ウルラの指し示す方へ向かって歩き出しました。
「そういえば、このままだと人間のあなたには暗いわね? アタシはフクロウだから平気だけど。そうね、明かりをつけましょう。」
数歩進んだところで、ウルラが言いました。そう言えばそうです。靴と髪留の光で辺りは明るかったのですが、それでも数歩先は暗闇です。
「どうするの?」
赤ばらは言葉を話せるこの不思議なフクロウのウルラが明かりを点けてくれるのだと思っていました。
「その髪留には、魔法の力が宿っているのよ。赤い色の宝石はね、火の魔法が使えるの。詳しいことは、この先で教えるわね。今は、明かりを点けてみましょう。」
と、ウルラは言います。自分が魔法のような不思議な力を使うことになると思っていなかった赤ばらは驚きましたが、ちょっとだけドキドキしています。
人差し指を出してみて、とウルラは赤ばらに言いました。赤ばらは言うとおりに人差し指を出します。
「危ないから少し話した方がいいわよ。それでね、明かりにするだけだから小さくていいわね、ええと確か、そうそう『feu』と唱えてみて。」
赤ばらは言われた通りに人差し指を体から離すと、
「feu」
そう、ウルラの言った通りに唱えました。
髪留は赤ばらの後頭部にあるので彼女自身は見えませんでしたが、彼女の言葉に反応して赤い宝石が仄かに光ると、赤ばらの人差し指の先に小さな火の玉が現れました。辺りが照らされて、その分夜の闇はさらに森の奥へとさがっていったようです。
「よくできました! じゃあ、先に進みましょう。」
ウルラに褒められ、赤ばらは嬉しくなりました。満面の笑みでウルラの言葉に頷くと再び歩き始めました。
あれ? と赤ばらは思いました。息が切れるほど全力で走ってきて、呼吸は整いましたがそれでも両脚はまだ疲労で重かったはずでした。それが、少しも怠くないのです。むしろ足取りはとても軽やかです。不思議に思っていると、
「その金の靴はね、あなたが履くと、どんなに走っても歩いても、全然疲れないのよ。便利よねえ。」
赤ばらの疑問に気付いたらしいウルラが説明をしてくれました。
「…それは、便利、ね?」
そういえば、と赤ばらはこの靴がまだ木靴だった頃を思い出していました。木靴だったけれど、履いている時は確かに疲れなかったような気がします。靴が灰になってしまったあとは、疲れて疲れて仕方がありませんでしたが、あれはそういうことだったのかと納得しました。
しばらく歩くと、ウルラの言った通り大きな木がありました。その根元には大きな洞があって、ちょっと体を丸めれば赤ばらでも休めそうでした。
「不便かもしれないけど、今夜はここで休みましょうね。獣はしばらく寄ってこないから大丈夫よ。え? なんでかですって? それは、あなたの持ってる髪留と靴のおかげよ。魔物ならともかく、獣くらいなら寄ってこれないわ。」
ウルラにそう言われて、そういえばこの森に入ってから出会ったのはウルラだけだったことに気付くのでした。
お母さんは、ずっと守っていてくれていて、それはこれからもなんだと思うと、赤ばらは胸が熱くなるのでした。
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