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新井はスクーターに乗って逃げようとしたが、内藤はその前に飛び出して両手を広げた。
「ぶっ殺すぞ」
新井は中指を立て、急カーブで内藤をかわそうとする。
「そうはいくか」
内藤はほとんど体当たりみたいな勢いで、スクーターの新井にしがみついた。
「危ないだろうが。離せ、バカ」
新井は相変わらず元気で、内藤はそれが嬉しくて笑った。
「山ほど聞きたいことがあるんだ。ちょっと止まれ。事故ったらシャレにならんだろ」
「事故っていうか、当たり屋だろ、これ」
そう言いながらも、新井はスクーターのブレーキをかけた。
「忙しいんだ。3分で星に帰らないと怒られる」
「よしよし。そうだ。これをおまえにやろう。だから話を聞け」
内藤は、さっきまでサンタの格好で配っていたお菓子の余りを新井に出した。
新井は思わず受け取ってから、眉を寄せた。
「なんだこれ」
「見てわかるだろ。ペロペロキャンディーだよ。俺は今日、サンタをやったんだ。じゃなくてだな、おまえ、公安にいるのか?」
ふっと新井は笑った。が、その笑いはキャンディーに対してのようだった。
「公安? そんな怖いとこにいるわけないだろ」
すぐに真顔になった新井は内藤を見た。ヘルメットの下の前髪は今日もちょっと鬱陶しそうだ。
「でも警察じゃないだろ? 三龍でもなさそうだ」
「ただの在日韓国人だよ。知ってんだろ?」
「補導歴は見た。おまえ、とんでもないヤンチャだな」
「今は真面目に働いてる」
「そうみたいだな。でも公安は絡んでるんだろ?」
「あんたが出世したら教えてやるよ」
新井が笑い、内藤は軽く笑った。腹が立たない。なんでだろう。再会が嬉しいからか。
「それだけか。もういいか?」
「怪我は治ったか?」
「まだ固定してる。イ・ジホも生きてるらしいな。俺、そのうちあいつに襲われるな」
「三龍とはまだ関わってるのか?」
「完全に切るのは難しいからな。でもそこそこやってくし、あんたに関係もない」
「おまえの実家に行ったんだよ。黄金食堂。ビビンパうまかった」
内藤が言うと、新井はちょっと目を伏せた。それから前を向く。
「実家じゃねぇよ。すげぇ遠い親戚の家」
「ああ……らしいな。たまには顔を出してやれ。心配してたぞ」
うるせぇなと新井が顔をしかめたとき、内藤のスマホが鳴った。
「見ろ、最新モデルにしたんだ。お、藤野先生だ」
内藤は新井に言って、電話に出た。その間に新井が逃げないようにハンドルを掴んでおく。
「凛花ちゃん? ああ、いいよ。説教してやれ。おい、凛花ちゃんが話をしたいってさ」
「え?」
新井は顔をしかめたが、声がそのまま向こうに伝わるので文句は言わなかった。
「……はい」
新井はハンドルから手を離さず言った。だから内藤がスマホを持ってやることになる。面倒だからスピーカーフォンにした。
「おじさん、ありがとう! みんなで冬のピクニックしようって話になってるの」
「ああ……そう。よかったな」
「また窓のお掃除に来てくれる?」
「ああ……どうかな。行けたら行く」
何だその答えは。内藤は首を振った。
「あのね、お部屋のピクニックも楽しかった。怖かったけど楽しかったよ」
「そうか」
内藤は話を盛り上げろよとゼスチャーした。が、新井は無視する。
「また来て。私がいなくなっても来てね。みんな手品を見たがってるの」
新井は黙り込む。
「おじさん?」
「凛花ちゃん、大丈夫、聞いてるよ」
内藤が答えた。凛花が向こうで安堵した。
「会いに行くよ」
新井が言い、内藤はほっとした。凛花も向こうで喜んでいる。
「じゃぁ、また」
新井がさっさと終わらせようとした。
「うん、約束ね。じゃぁね」
凛花もそれでいいらしく、電話は藤野に変わった。
「ありがとう。絶対来てね。ツリーのお礼もしたいからぜひ」
藤野が言い、内藤は「いや、お礼なんていいんですよ」と言って怒られた。
「あ、そういう意味じゃなくて……」
内藤がスマホに気を取られたスキに、スクーターが動き出した。
「あ、おい、こら、話が途中だ」
内藤は追いかけたが、新井はもう止まらなかった。
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