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バンバン……バンと三度の音が響き、内藤は音の方へと走り出していた。
半休を取って、ずっとなんとなく調子の悪い肩を見てもらおうと思ったのに、受付では紹介状のない方の診察は受け付けてないんですと言われ、院長とは小、中と同級生だと言っても苦笑いされる始末。
おまけに旧本館が停電になってしまい、病院としても今日の新規診療受付は緊急患者さんだけになります、と言われた。
停電か。そりゃ大変だな。
緊急発電装置もあるので大丈夫です、と職員は言った。
だろうな。内藤はうなずいて、院長がそっちにいるということをなんとなく聞き出した。
仕方なく新病棟の受付を出て、隣にある灰色の古びた旧病棟を見る。
5階建てのコンクリート建築は、雨に濡れて濃い灰色になっている。新しい方は12階建てで真っ白だ。中もきれいだし、雨でも明るくて病院っぽさは薄い。
杜崎、もうかってんだろうな。羨ましい。
新病棟から旧病棟に続く外通路には、簡易的な屋根が作られていて雨に濡れずに移動できる。
今は旧病棟から移動してくる職員や、ベッドのまま移動する患者がいるので屋根は大いに役立っていた。
ちょっと外科で仕事には問題ないと診断書をもらえればいいんだけどな。そしたら次の異動では、元の現場に戻れるかもしれない。
内藤はため息をついて、人が右往左往している様子が見える旧本館の方へと目をやる。
こうなったら院長に直談判するかと思っていたところ、変な爆発音が聞こえた。
銃声、あるいは小型爆弾。
いや、ここは日本だぞ。花火か爆竹って可能性もある。
それでも内藤は走った。警察官の勘ってヤツだ。
その勘は正しかった。旧本館の方で「ギャー」という声が聞こえ、内藤は患者用の出入り口から人々が逃げ出してくるのを見た。
「どした? 中で何が?」
内藤が飛び出してくる人々を捕まえつつ聞くと、彼らの多くはパニックで答えなかったが、漏れ聞こえる声が「血」とか「銃」とか「死」とか言っていた。
銃。内藤は自分が丸腰であることに気づいた。
とりあえず自分の上司に電話する。既に通報があったかもしれないが、自分が現場にいることだけは伝えておく。上司は待機しろと言ったが、そんなことできるわけがない。
内藤は逃げる人が出きった後、旧本館の半開きの自動ドアに近づいた。中は暗くて見えないので、向こうから撃たれたらひとたまりもない。
そこで、しばらくドア前の観葉樹に隠れながら中をうかがってみるが、撃ってくる気配はなかった。
内藤は体を低くしたまま、そっと中に入った。落ちていた誰かの携帯電話を掴む。踏まれたのか、画面は割れていた。武器にはなりそうにないが、何かを手にしていたかった。
受付ロビーに人気はなかった。電気が止まっているからか、他に何かの音もしていない。が、よく聞くと人が泣いているような声が聞こえた。
内藤はロビーの椅子の間を通り、会計カウンターの方へと近づいた。泣き声も近づく。
内藤は警戒しながらカウンターの横で立ち上がった。中を覗くと、女性職員が体を小さくして泣いていた。
「あの、警察です」
内藤は小声で声をかけた。女性は一瞬、ひゃぁと叫んだが、すぐにその声も消えた。恐怖で声が出ていないようだった。
「安心して。今は誰もいない。警察です。何があったんですか?」
内藤が聞いても、彼女は答えられなかった。震えて泣いている。
「とりあえず外に。通報してあるので、すぐに警察が来ます。新館に逃げて」
内藤はカウンターの内側に回り込んで、彼女に手を差し出した。
怯えた彼女は首を振って震えたが、内藤は彼女の腕を取った。
「ほら、来て。こっちは安全だから」
内藤は可能な限り優しく声をかけた。自分の顔がいかついのはわかっているが、こればかりは仕方ない。
それでも根気強く説得すると、彼女は泣きながらも這い出してきた。
その時には既に、パトカーの音が聞こえ始めていて、内藤はホッとした。
でも一体何が。
内藤はカウンターの中から執務室へと入ってみた。
もともと、移転準備中だったと聞いてるので、机がさっぱりしていることも、人がいないことも不思議ではなかった。とはいえ、静かな薄暗い病院ってのはちょっと気味が悪い。
内藤はカウンターを出て、奥の廊下へと進んだ。
自分のスマホで明かりをつけ、廊下を見る。内藤は膝を折って少したゆんだリノリウムの床を見た。
血痕があった。引きずった痕も。
それは奥の階段の方へと続いている。
電話が鳴り、内藤は慌ててそれを耳にあてた。
「内藤、中に入るんじゃないぞ。応援を混て」
上司が言う。
「怪我人が出てます。銃を持った奴がいるって話も出てます」
内藤が辺りをもう一度見ようとしたとき、スマートフォンが抜き取られた。
振り返りざまに思いっきり腕を振り回すと、何かに当たった。たぶん人間だ。後ろでよろけるような気配がして、内藤は夢中でそいつに掴みかかった。
そいつの反応は速かった。膝をついたのは一瞬で、すぐに体勢を立て直す。内藤が繰り出したパンチもよけられ、そいつは内藤の足元にタックルしてきた。内藤がこらえきれずに倒れると、そいつは上に乗ってきて、内藤の胸ぐらを掴んだ。
そして止まった。
内藤はその一瞬を逃さず、相手の顔面にパンチを繰り出した。そいつはパンチを避けて廊下の脇に飛び退いた。
「あんた誰!」
そいつは言った。
内藤はさっきのお返しに全力でタックルを試みた。壁を背にした相手は逃げる場所を失い、それでもわずかに横へと逃げようとして、内藤にガッチリ掴まれた。
そいつは驚いたことに、その状態から内藤に頭突きをし、内藤がわずかに力を弱めたところで、内藤の親指をぐいっとひねって拘束から逃れた。
「人違い、人違い」
そいつはそう言いながら、受付ロビーの方へと逃げようとした。
逃がすか。
内藤も追ったが、入り口にパトカーが並び、警官たちが何人も入ろうとしてくるのを見て、そいつも止まった。そしてくるりと内藤の方へと身を翻し、どこに持っていたのか、不格好な大型銃みたいなものを出して内藤に突きつけた。
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