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クリスマス・イブ
病院の定期検診が終わって、コンビニでおにぎりを食ってると、横にカップラーメンを持ったおばさんが来た。豚骨背脂増し増し麺。増量タイプ。湯気がふわふわ立っている。
「羨ましい?」
おばさんは俺をちらりと見て言った。
「別に」
「寒くなったわねぇ。おでん、買ってあげようか?」
「欲しかったら買うぐらいの金あるし」
「そう」
おばさんはラーメンをうまそうに食った。
「たまにはおごってやろうかと思ったのに。検診結果は? 問題なし?」
「なし」
「よかった。しばらく大人しくしててね。こっちは火消しに走り回ってるんだから」
「あんたらが、あれやれこれやれって言わなかったら、俺は普通にバイトしてるよ」
「ねぇ。でも君、便利なのよね。まぁでも、今回みたいなミッションインポッシブル状態は、稀だから大丈夫。もうすごいレア。激レア。超レア。色違いの『ミジモン』みたいな感じ。次は『ポピュライオン』レベルよ」
「そのたとえ、全然わかんねぇ」
「そう、残念」
俺はおにぎりを食べ終わって、ペットボトルの水を飲んだ。
「話はそれだけ?」
「まぁね。検診結果の報告は聞いておかないとと思って。また記憶をなくしてないかなとか」
「なんか俺、記憶なかったときの方がよかったかもな。思い出してがっかりだよ。つまんねぇ人生だなって」
「本気で言ってる?」
おばさんはちょっと驚いた顔で俺を見た。
「犯罪者だろうなって感覚はあったんだけどよ。それにしてもクズだなと思って。俺なんかより、長生きしたがってる奴はいるのにな」
「凛花ちゃんのこと?」
俺はおばさんを見た。おばさんはしばらく俺を見た後、にまりと笑った。何だ。
「君も人生を考えるようになったんだね、成長、成長」
「なぁ、真面目な話、俺、人殺してんの忘れてるとか、ない? 全部は思い出してないよな?」
「そぉねぇ、全部は思い出してないけど、人は殺してないから安心して」
おばさんはニコリと笑う。笑えねぇんだけどな、こっちは。
「大丈夫。その記憶喪失は、この前の記憶喪失の前からあった記憶喪失だから。ノーマルの記憶喪失」
「何だよ、ノーマルの記憶喪失って」
「若いのに小心者ねぇ。胸張って生きなさい」
若さと小心具合に関係はないと思ったが、俺は黙っておいた。なんだかこの人と話してると、すぐはぐらかされるんだよな。でもいつも「安心しなさい」って言うから、そこに甘えてる。
「今回は、お手製銃の現物も回収できたし、三龍のややこしいのは逮捕できたし、談合の証拠ももみ消されなかったし、なんと誰も死ななかった。あ、自殺はノーカウントでね。ってことで、上も褒めてくれてたから、少しはボーナス出るかもよ。ほら、クリスマスだし。今年はどうするの? チキン売りのアルバイト?」
「そうだな、チキンかケーキか」
「そして年始は初詣の警備員?」
「まぁ、そんな感じだな」
「色気は全くナシね。でもOK」
「じゃぁ、行っていい? 今、配送のバイトしてて。けっこう忙しいんだよ」
「いいよ。季節的にはクリスマスプレゼントだね。君、サンタじゃん?」
そんないいもんじゃねぇし。
俺は立ち上がって、ゴミを捨てた。
「あ、そうそう。院長室であの子と電話つないでてくれたんだ? それで怖くなかったって言ってた。お姉さんって言ってたけど、あんただよな?」
「お姉さんでしょ。そこに疑問はなくない?」
まぁ、それには言及せず、俺は帽子を上げた。
「ありがと」
「べっ、別にあんたのためじゃないんだから」
おばさんが照れて言い、俺は何を照れてんだよと首をかしげて店を出た。
ヘルメットをかぶり、手袋をする。
コンビニの窓際で、おばさんがカップラーメンを汁までたいらげているのが見えた。俺に気づいて、彼女は手を振り、俺はバイクにまたがった。
粉雪が降り始めていた。
俺はサンタの手伝いをするために、アクセルを握った。
end
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