当日

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「来るな!」  薄明かりの下で見るそいつは、若い男だった。体の前面には赤い血が点々とついている。だがさっきの動きから見ても、そいつ自身の血ではなさそうだった。つまり、こいつが誰かを傷つけた。あるいは殺した。  内藤はそのおもちゃみたいな銃を見ながらも、男の真剣な目つきから用心して動けなくなっていた。それは警官たちも同じで、入り口付近で彼らは立ち止まる。 「入ってくるな。下がれ」  男は内藤に銃を向けながらも、警官たちに言った。 「通用口からも入るな。他の窓からも。音がしたらこいつを撃つ」  そう言いながら、男は内藤の後ろに回った。内藤は手を上げろとも、伏せろとも言われないまま、じっとその場に立っていた。スキがあればいつでも突っかかってやろうと思ったが、空気は張り詰めたままだった。 「いいか。仲間もいる。勝手な真似はするな」  そう言って、男は内藤の後ろ襟を掴むと、少し後ろに引いた。  内藤はゆっくり後退する。 「院長を預かってる」  男が言った。  内藤はそれがあの血か、と察した。量としては少ない。きっと重傷ではないだろう。 「建物から離れろ。車まで下がれ」  男が警官たちに命じ、内藤は唇を噛んだ。自分がさっき確保していれば。  警官たちが下がったのを見て、男は内藤を強引に引きずるようにして、脇の事務室へと入った。  そして壁際にあった何かを操作して、内藤から少し気を逸らした。  内藤はそこで反撃に出た。  が、男も目的を果たしたようで、銃みたいなものを脇に置くと、そこにあった事務椅子を盾にして内藤に向かってきた。  入り口の方でウイーンと電気的な音がした。遮光カーテンが閉まっていくのがロビー側の窓から見えた。停電じゃないのか? そして、どうして銃を置く? あれはおもちゃか。  内藤はそう思ったが、目の前にいる敵を始末しないことには始まらない。  男はしかし手強かった。そして妙だった。 「待って。話を」  反撃してくるくせに、奴はそう言った。 「説明、するから」  俊敏な動きをみせる相手は、内藤よりも持久力があった。内藤は肩で息をし、相手を睨んだ。相手も息はついているが、内藤ほどには乱れていない。そのくせ、内藤を殺すつもりも、だからといって降伏するつもりもないらしい。一体何なんだ。 「何の説明だ」  内藤は息をつくついでに言った。少し呼吸を整える。 「院長は無事だし、あの血は院長のじゃない」 「じゃぁ誰のだ」 「知らない奴。あの手作り銃で撃ってきた。でも三発目に暴発して、自分が怪我してた」 「そいつはどこにいる」  内藤はそんな嘘にはごまかされるつもりはなかった。 「この中のどこか。俺が院長を匿ったら、追いかけてきた。まだ銃みたいなのは持ってるっぽかった」 「そんなデタラメに俺が騙されると思うのか」 「警察の人?」  男は迷惑そうに言った。目にかかりそうな前髪が鬱陶しそうに揺れる。見たところ、10代後半から20代といったところだ。何かの作業服を着ていて、それは古びて袖や裾がほころびている。しかし内藤と対等以上に動けるということは、そこそこ体は作っているに違いない。 「おまえはじゃぁどうして警官が入ってくるのを拒んだ?」 「逮捕されたくない」  ふんと内藤は鼻を鳴らした。やましいことがある証拠だ。 「院長はどこだ」  内藤が聞くと、男は息をついた。 「あんたが奴の仲間って可能性もある。院長を殺されたら困る」 「俺は警官だ。非番で診察に来てた。警察手帳もある。見たいか?」 「警官だと証明したところで、奴の仲間じゃないって証明にはならない。いらない」  内藤はそう言われて眉を寄せた。何だこいつは。普通、警察だと言ったら安心するものだ。 「おまえだって院長を殺してないという証明ができないだろ。銃も持ってた」 「あれね。言ったように、もう使えない。弾はもう一発分あったけど、撃てないから。あれはただのシリコンの塊」  だから脇に置いていたのか。  内藤は肩を力を抜いた。が、目の前の奴を信用するわけにはいかない。 「おまえは誰だ。こんなことして、何が目的だ?」 「俺は通りすがりの善良な市民。目の前で院長が撃たれそうになったから、助けたら、俺も殺されそうになって逃げた。院長を隠して、助けを呼ぼうと思ったら、あんたがいた。これ以上仲間を増やされちゃたまんないから、電話を預かった。そしたら……こんな感じ」  男は肩をすくめた。たまにチラチラと事務所の向こうの廊下側を見るのは、どうやらその『院長を襲った奴』が現れないか警戒しているらしい。 「おまえが院長を襲った仲間じゃないって証明はあるのか」  内藤は男を睨んだまま言った。 「院長の証言ぐらいかな。でもダメ。あんたを院長に会わせるわけにはいかない」 「俺がそっち側かもしれないからだろ」 「そう。でもまぁ、警官だったら違うのかなって気もしてる」 「だったら信用しろよ」 「もう1人、俺が襲撃側じゃないって証明できる奴がいる」 「どこに」 「この中のどこか」  内藤は小さく息をついた。犯人のことか。 「どうして警官を拒んだ? 警官突入で、さっさとケリがついただろ。おまえはさっさと院長を解放して、院長がおまえに助けられたって証言して、終わりじゃないか。なんでこんな立てこもるような真似をする?」 「おまわりさん、ちょっと休戦。こっちの棟、上には誰もいないはずだったのに、人がいる。Mr.ハンドメイド・ガンに見つかるとやばい」  男が自分のスマホを見て言い、内藤は眉を寄せた。 「監視カメラの映像でも見てるのか?」 「ここで待ってる? 俺と一緒に来て、彼女を助ける?」  男はスマホの画像を見せた。  そこにはモノクロ画像で、確かに女性らしき人物が見えた。看護師だろうか。 「これはどこの絵だ?」 「3階、西渡り廊下」 「案内しろ」  内藤が言うと、男はうなずいた。
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