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凛花はピクニックに行きたかった。今日のために、お母さんがキャンディとラムネの小さいおやつパックも用意してくれていた。アンバー用にかわいいリボンも新調してくれた。
だからちょっとぐらいの雨でも行きたかった。
どうせ行く場所は、病院の旧病棟と旧本館をつなぐ3階の空中中庭なんだから。行って戻ってくるぐらい、十分もかからない。
この前、モネちゃんが天国に行っちゃって、凛花はものすごく泣いた。大好きなお姉ちゃんだった。凛花が病院は嫌いって泣いていると、いつも楽しい話をしてくれた。
病気は大変だけど、楽しいことがないわけじゃないんだよ、とモネちゃんは言っていた。楽しいことはたくさんあって、凛花ちゃんが気づいてないだけかも。
他の人より早く死んじゃうとしても、楽しいことをしちゃいけないわけないでしょ? 笑っていけないわけないでしょ? パパやママが思い出す凛花ちゃんの顔は、笑ってる方が良くない?
凛花ちゃん、私、ピクニック行けないみたい。
モネちゃんはごめんねと笑った。
一緒に行きたかったね。おやつを持って、アンバーちゃんも一緒に、お花のところで写真撮りたかったね。
雨のバカ。
凛花は屋根のある渡り廊下に出て、しとしとと振り続ける雨を見た。花壇のコスモスに打ち付ける雨粒を見た。中庭部分には屋根がないから、芝生に雨が吸い込まれていく。
モネちゃんも大好きだったピンクの花。
一緒に写真撮りたかった。おやつも食べたかった。
「凛花ちゃん」
声をかけられて、凛花は渡り廊下の本館側を見た。
「先生」
凛花はアンバーを抱きしめた。怒られちゃうかな。勝手に来たから。
「濡れてない? ちょっと肌寒いんじゃない?」
藤野先生は、凛花のことを心配してくれた。キュッと肩を抱いてくれる。あったかい。
「雨になっちゃったね。明日は止むから、明日は絶対にみんなで来よう。今日は残念だけど、お部屋に戻ってもらってもいい? 一緒に折り紙しようか」
「明日? 来週とかじゃなく?」
凛花が目を輝かせると、藤野はにっこりうなずいた。
「だって延期延期で、嘘つきって言われちゃいそうだもん。それに来週とか言ってると寒くなりそうだし。先生、寒いの苦手だから」
藤野が言い、凛花は笑みを浮かべた。
「やったぁ。じゃぁ今日は我慢する」
「ありがと」
ギュッと藤野が抱きしめてくれて、凛花は嬉しくてはしゃいだ。
そして自動ドアになっている渡り廊下から病棟に戻るドアの前に立ち、2人は首を傾げた。
「あ、そうだ。停電してるんだった。凛花ちゃん、出てくるときは大丈夫だった?」
藤野が言って、凛花は首を傾げた。
「停電?」
「うん。うわぁ、このドア、重い。開かないね。本館の方、戻ってみようか。ちょっと回り道になるけど、これもちょっとピクニックっぽいよね」
藤野が楽しそうに言って、凛花はニコリとした。
本館側は、半分扉が開いた状態で止まっていた。だから2人はそこから本館に入った。
「ああ、ちょっと濡れちゃってるね」
藤野が凛花の顔と足首をハンカチで拭いてくれた。風邪でも引いたら凛花にとっては命取りだということを彼女も知っている。
「エレベーターも使えないのよね。階段、ゆっくりでいいから降りようか。疲れたら途中で休憩していいから」
凛花は思わぬ冒険になったことを楽しんでいた。本館に来るのもとっても久しぶりだし、階段なんて本当に久しぶり。下まで行って、外廊下で病棟に戻るのは、もっともっと久しぶりだ。
しばらく使ってなかった足がちょっとフラフラするけど、凛花はしっかり手すりを持った。
「ゆっくりでいいよ」
藤野が言ったとき、下で何だか声がした。逃げろとかいう声もかすかに聞こえた。
「凛花ちゃん、ちょっと待って」
藤野が渡り廊下に戻り、そこから下を見た。
本館から新館側へと逃げる人が見える。
藤野は辺りを見た。一体何があったの?
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