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「シースタァァー!」
アリア達が教会堂から宿舎へ戻ると、かつては無地の白だったマキシ丈の長いワンピースを気にせずにアリアのもとに駆け寄った修道女の『クロスティ』は冬時のように荒れた掌でアリアに抱きついた。
「クロス、お疲れ様。いつもご飯、ありがとうね。」
「いえいえ、作るの、大好きですから!」
にっこりと子供に負けない純粋な笑顔を美しい女性に向けるクロスティは、この教会堂の料理人でもあった。
回りには町もない、錆びた丘の頂上に存在するそこで料理が出来るという人間は彼女以外いないので、彼女はアリアの中でも特に重宝すべき人だった。そしてアリアが彼女を思う以上に、クロスティはシスターを愛していた。
相思相愛とは別の繋がりがある。
「さ、皆食堂に行こう。今日は『ハゼ』や『リーラス』ももう待ってるよ。」
クロスティは同年代の修道女の名前を愛しそうに並べると、近くの五歳程の子供の手を引いて、すきま風のひどい廊下を進んでいった。
「今日も変わり無いわね、クロスは。」
アリアはシワになったスカートを伸ばすと、グッと伸びをする。
――なんとも日常なんだろう。
シスターは思わずマジナイにかかっているのを忘れそうになる。大昔に廃れてしまっていたはずのそのマジナイをこのご時世に受けた神の使いは、自分の能天気な幸せ具合にため息をついた。
清潔で大きな食堂には大小種類、その全てがバラバラの椅子が並ぶ。そしてグローバルワールドのような統一感の無いようで空間の雰囲気は祭りの妙で眩しい繋がりのように整っている。そして椅子達が囲む中央には大きなガラス机があって、しかし脚までガラスの長机を隠すようにシルクのクロスを被せていた。
クロスには幼児の残した涎の染みと、こぼれてしまった食べ物の染みなどが取れない思い出としてアリアにその瞬間瞬間の記憶を思い出させる媒体がへばりついていて、アリアは欠けた食器で染みが隠れていない時は決まってその染みを愛おしそうに撫でるのだが、それは誰もいない深夜にしかしない、彼女の密かな楽しみでもあった。
「さ、食べよ、食べよ!」
長机に並んだたくさんのお皿の上には大きく切り分けられたツヴィーベルクーヘンが人数分並べられ、個別の皿に移す時はベーコンの代わりの小さく切られたそぼろのような十分に焼いた肉の塊が断面からこぼれ落ちた。
ほくほくと白い湯気が立ち、僅かな玉ねぎには透明色がある。生地はクリスマスに送られる少し色素の薄い熊のぬいぐるみのような色あいで、おまけに色彩のために乾燥パセリがほんの少し、パラパラとのせられていた。
アリアは玉ねぎケーキとの別名も持つ一切れのケーキを顔に近づける。クロスティはこれを作るのは二度目と今日つまみ食いをしたリーラスに言ったが、完成度は遠くのお城でワインと共にクロスティが作ったこのケーキを嗜む幻覚が見えるほどに素晴らしかった。
他にも並べられているのはどろどろに溶けたジャガイモのスープ、そのジャガイモのあまりで出来た団子の形のクヌーデルには強めに塩コショウで味付けされている。
「んん、美味しそう。クロスは料理がうまいわね。香りから美味しさが伝わってくる。」
「シスタ、シスタ!あたしもちゃあんと手伝ったのよ!」
「リーラスはつまみ食いだけじゃない。お肉が減っちゃったのよ。シスター、ハゼはちゃんと手伝いました。ジャガイモのお団子、綺麗に丸めてるでしょ?」
「ん、すごいすごい。二人とも、このままいけば、クロス以外にもご飯を作れる人が増えてくれる。そうなればここも安泰ね」
アリアは孤児の子供達以上にペラペラ話す修道徐達に感謝の意を述べると、向かい合わせの少女『イブス』に紙エプロンをつけるよう指示し、自身もフォークを手に取った。
微笑むアリアの脳裏には、唯一の料理人クロスティもようやく替えが利けるような状態になりそうだ、というもので、もしハゼ達も同じような、あるいは全く別の料理をあともう幾つか覚えて作れるようになってくれれば、それはここ数年の不安を吹き飛す喜びだった。
彼女はそんな幸福をツヴィーベルクーヘンと共に噛み締め、ここまでの長い道のりに想いを馳せた。
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