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~廃呪の宴~
「林檎、苺、洋梨、蜜柑、葡萄、桃、パラミツ、ドラゴンフルーツ、トゥナ、リュウガン、檸檬、アカフサスグリ。さん、はい。」
「「「「「りんご、いちご、よーなし、みかん、ぶどう、桃、パラミツ、ドラゴンフルーツ、トゥナ、リュウガン、れもん、アカフサスグリ」」」」」
とても清らかな朱の絨毯。壁いっぱいに描かれた、存在しない花達。脚がひとつ折れてなだらかな滑り台のようなチャーチチェア。そこでは、毎日昼過ぎから夕焼けごろにかけて幼い子とその世話をする青年達が遊園地のように無邪気に遊びを楽しむ声がする。
朝日が上って数刻経つ。
そんな綺麗な廃れた教会堂にて、『アリア』は講壇で小さな子供達に教えを説く。ヘナで染めたオレンジような髪の子、ヘーゼルの瞳の子、無垢な寝顔を見せる小さな小さな子。様々な子供達へ向けて、昼食までのつかの間の麗らかな時間を費やして。――無知で幼い子供達のためだけに。
二階の割れたステンドグラスから入り込む埃の光を交えた陽光は教会堂のたったひとつの光源で、うまいぐわいにアリア…ではなく子供達を照らしていた。チラチラと浮き動く砂塵たちが魔法のような、光の玉に見える。
「シスター、パラミツってハチミツ?」
「パラミツはハチミツとは違うんです。バラ目クワ科パンノキ属の…珍しい食材達ですからね、知らないのも当然です。貴方方は見たことがないでしょう。嗚呼、本当はシャシンでも用意できれば良かったのですが」
アリアは心底からのため息をつきかけて、それを抑える。子供達の前では常に笑顔がアリアの心肝にある一番の覚悟だったからだ。
アリアは一息の代わりに、そっと朗らかに笑って見せた。
汚れた黒服に縫い付けたポケットから、球体に近い楕円形である赤紫の果実を用意する。
「しかしですね。今日はトゥナを用意しました。お昼時のデザートにいくつかのトゥナをカットして用意しますからね。」
きっと今まで食べたどの果物より美味しいよ。
子供たちは大喜びして目を輝かせた。陽に輝く埃が魔法のような不思議なものならば、その目の輝きは守らなければならない純粋な不思議だ。
アリアはセミディ程の濡れ烏色である髪を暑さの滲む風に靡かせると、パタンと講壇の分厚い教科書を閉じた。十二時になった、とアリアは直感で感じた。黄色の宝石、スファレライトが光るクラバットビンで首元の左肩側にある紫リボンを留めたのに触れ、すっかり丈が短くなったワンピースの裾を伸ばし、頭を下げる。
「さあ、ご飯にしましょうか。とてもおいしい時間にしましょう。」
ゴーン、ゴーンと遠くで大きな青銅器の鐘が、手動で鈍く鳴らされた。
きょうもほら、おいしい時間を。
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