KNOCK

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*  その無粋な一行が現れたのは、こともあろうに一番厄介な、店が開く直前のことだった。  コン、コン。  やけにこちらの反応を見るような、反響を楽しみながらリズムを選ぶような、とにかく独特の音をしたノックは開店前のフロアに宵の口の来客を知らせた。 「………」 「!………」  ウェイターのダリアが蝶ネクタイを止めきれないまま対応をしている。なにやら揉めているらしいが、繁華街にあるジャズバーにとってはさほど珍しいことでも無い。ただしピアニストであるビリーにとっては関係することのほうが珍しいわけで、完全に他人事を決め込みながら前菜をつまんでいたのが良くなかった。 「おいビリー、ちょっと。」  ダリアがこちらを向いて手招きをした瞬間に、舌で遊んでいたオリーブを吐き出しそうになる。  ……俺?  呼ばれてやっと、カウンターのハイチェアから腰を浮かせてそのドアの隙間から見えている数名の風体を見る。  ポロシャツに白いジーンズ、靴は粉っぽいスニーカー。手にはクシャクシャになったガイドブック、SONYのカメラ。お世辞にもお洒落とは言えない服装の男が、3人はいる。  不可解な来客と不可解な手招きに、ダリアが面倒になったのだろうと訝しみながら席を立つ。  ドアにたどり着く直前、迎えたダリアはぐいとビリーの首元を引いてこっそり耳打ちした。 「日本人のTVクルーだ。お前を取材したいんだとよ。」  What?と口にする前にダリアが満面の笑みでGOODマークを作る。パンパン、とビリーの肩を叩いてキッチンに去っていく後ろ姿は、どう見ても"上手く断われ"と言っている。 「言われなくても。」  聞こえないように小声で呟きながら数歩歩くと、目の前には脂ぎった握手が差し出されている。  ――触れたくない。  演奏前に、指に違和感を与えてもらっては困る。しかもこんな無粋な、興のそがれる相手なんかに。  それでも握手を断るのが失礼なことくらいはわかる。その逡巡は妙な沈黙を横たわらせた。 「やぁ、それじゃあ君がビリーで合ってる?この街の貴公子、夜の申し子、その才能がありながら昼の表舞台には一切立たない新進気鋭のジャズピアニスト。」  突然、ネイティブ(ぜん)としたマシンガントークとともに、ドアの影からもう一人の日本人らしき男が現れた。艶のある紺のサテン糸が織り込まれた上質なドレスシャツの着こなしに、おそらく最初にドアをノックをしたのはこいつだろうとビリーは直感した。
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