KNOCK

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「……通訳?」 「そう、日雇いのね。」   その男は日本人にしては陽気な自信家に見えた。コロンと舌を鳴らし、唇を片方だけ釣り上げて笑う。その仕草はまるでだと言っているようだ。 「ビリーだ。ビリー・ハワード。悪いが握手を好まない。」 「構わない。シンだ。thinでもchinでもなく、singに近い。シン。」  ビリーはその煙に巻くような自己紹介に曖昧に作り笑いを返して、手を出さずに挨拶を済ませた。 「彼らはなんて?」  顎でシンの後ろを示す。  本来、通訳はあくまで裏方であるから、いくらお互いの言語に疎くても用件のある当人たち同士で話す素振りを見せるのが筋だ。しかしそれにも気付かないくらい鈍感な笑顔でシンの後ろに控えている男たちを見て、ビリーはシンと話すことを選んだ。 「ジョージタウンの観光スポットを番組にするらしい。日本から送られた桜が植わるポトマック河畔、そしてほど近い繁華街にある趣深いジャズバーとハンサムなピアニスト。まぁ、悪くない扱われ方だと思うが?」  その瞬間、ビリーはざわりと背中を逆さに撫でられるような嫌悪感に襲われた。説明のつかない、圧倒的な嫌悪。絶妙な組み合わせが全て、ビリーの美意識にはそぐわない。 「悪くない、だって?」 「あぁ。……でも」  シンは、わずかに引きつったビリーの顔に気付いたようだった。そして少しだけ目を見開いて素顔を見せると、それまでよりももっと柔らかい笑顔でふわりと笑った。  ――なんだ? 「君の言いたいことはわかるし、幸い俺は日雇いの通訳なんだ。」 「……つまり?」 「彼らから今日のお代さえもらえれば、構わないってこと。」  喉の奥に刺さった違和感に、さらに謎解きが加わった。この男が何をしたいのか全くわからない。こちらを説得するでもない様子に、反応が出来なくなる。  ちらりとその向こうに目をやると、一行の後ろにポツポツと開店を待つ客が集まり始めている。  10歳前後の淡い水色のブラウスを着た少年が扉に近付くのを、やることのない3人組が手で制したところだった。先を抜かすな、と。 「もし今夜、我々を客として店に入れてくれさえしたら、君の希望通りに番組の件を断ってやることはできる。だから――」 「店に入れるのは彼が先だ。」  ビリーが少年を指差すと、シンは振り向いて短く口笛を吹いた。 「オーケー、御主人様。交渉は成立ってことで。」  シンはそう言ってビリーに背を向けると、日本語らしき言語を流暢に操りながら仕事を始めた。
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