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オ・シフのペントハウスには、過去に何度か行ったことがあった。イ・ジホの下で働いていた時に、女を連れて行ったり、酒とかドラッグを運んだことがある。
その頃と変わらず、そのマンションはまだ高級そうな佇まいだった。オートロックの門とか、ピアノが置いてあるロビーとか、駅とつながってる地下道とか、夜景が見下ろせるペントハウスとか、当時の俺が知らない世界ばかりで興奮したものだ。
すげぇ、すげぇと言ってたら、オ・シフは高い酒をちょっと飲ませてくれたり、金箔がついたチョコレートをくれたりした。俺は拓良に来てすぐぐらいだったから、金持ちすげぇって感動してた。
でもそのうち、オ・シフの薄っぺらいとことか、ほんとに女に酷いとことかが嫌になってきて、懐くのもやめた。奴は怒ってたけど、熱が覚めたらしょうもない奴にしか見えなかった。
そして今も奴はクズだ。
俺もクズだが、俺が見てもクズだから、きっとかなりクズだ。
三龍が手放したくなる気持ちもわかる。
ゲートでペントハウスの部屋番号を押すと、オ・シフの護衛が応答した。でも問題なく入れてくれたから、俺はエレベーターで25階まで上がった。
婆さんが本当に寝てますようにと祈りながらエレベーターを降りると、護衛が出迎えてくれた。で、身体検査だ。
おばさんが銃を持っていけと言ったのは、たぶん何か持ってないと怪しまれるからだろう。自分を確実に狙ってる奴のところに、手ぶらでやってくる奴ほど怖い奴はいない。警戒心をちょっと緩めてやるための小道具ってわけだ。
護衛が嬉しそうに小型拳銃を見つけたときの顔を見たら、そうとしか思えなかった。
でもそれで部屋に突かれながらも入れてもらえ、オ・シフが大きな革ソファに座っているのを見た。後ろから小突いていた老マッチョに背中を殴られ、ぐえっとなったところで腹を殴られて体を折ると、もう一度背中を殴られて床に膝をついた。さっき食ったワニ肉が戻ってきそうだった。
膝をつけ、と言ってくれたらそれで従ったのに、言葉を知らないらしい。
《ユノ、昼間はよくもコケにしてくれたな》
オ・シフが言い、俺は床の高級そうなワイン色の絨毯に久々に感動していた。そこに血の混じったよだれが落ちるのはどうかと思ったが、ぱっと見の色はよく似てるし、本人の希望だからしょうがない。
でも確かめたいことがあったから、俺は殴りかかってきたオ・シフの腕を掴んで足を払って倒した。そのままオ・シフの首を力いっぱい締める。
《婆さんはどこだ》
と言い終わらないうちに護衛が俺の首に腕を回して引きずり倒してきた。
《ババァを殺すぞ》
オ・シフが言い、まだ死んでないんだなと俺は知る。
俺は護衛に思いっきり首を締められて、足をばたつかせた。死ぬぞ。おい。俺を誰かに渡すんじゃないのか。今、殺す気か。
《おい、殺すな》
オ・シフが自分の口もとを袖で拭きながら言った。
護衛が力を緩め、俺は辛うじて意識が飛ぶ直前で解放された。それでもしばらくは死にかけてんじゃないかと思うぐらい息ができなかった。酸素が足りないと全身が言っていた。
少し落ち着き、ぶっ倒れて天井を呆けて見ていると、視界にオ・シフが入ってきた。
《ユノ、懐かしいな。おまえには安い酒を高級だって飲ませても、全然わからなかったよな》
オ・シフは嬉しそうに言った。そうだったのか。知らなかった。
《今日は最期だし、たらふく酒を飲ませてやろう》
オ・シフは護衛に目配せをした後、テーブルに置いていた、でかい酒の瓶を取った。
やベっと思った時には、酒責めに遭っていた。顎を固定されて、よくわからない薬臭い洋酒の瓶を押し込まれ、グイグイと浴びせられて溺れるかと思った。口から溢れて鼻や目にも酒が入った。
首はガッチリ固められ、手足もなかなか動かないので、体ごと捻ろうとしたが、左右どちらにも動かない。息ができない上に、大量の酒が流れてくるから、咳き込んでも地獄だし、血管がはち切れるんじゃないかってぐらい苦しかった。
これは援護が必要だと思った。
確かに30分以内にケリをつけないと俺が死んでしまう。
《まだ死ぬんじゃないぞ。ほら、客がきた。おまえを切り刻みたいってご所望だ》
オ・シフの声は聞こえたが、俺は酒瓶が空になって、肺に空気が入ってきたことに歓喜していた。一緒に酒も入ってるので死ぬほどむせたが、さっきよりマシだ。生きてる。
たぶん、まだ生きてる。
護衛が客を迎えに行くために走って行き、俺はやっと自由になった。
気持ち悪い。酒臭い。吐きそう。まだ息苦しい。断続的に咳き込む。涙が出る。
誰かがやってくる足音がする。
「おい、これ、まだ生きてるのか? 死んでるんじゃないのか」
来客が言って、俺は酒浸りで倒れたまま、何か知ってる声だなと思った。
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