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夜中のコンビニバイトは嫌いじゃない。
数時間、誰も来ない夜もあるが、たまに数分置きにユニークな人たちが来ることがある。血だらけで包帯を求めるおじさんとか、夜中にアイスが食べたくなったお婆さんとか、夜に空腹で菓子パンを万引する幼児とか。あと、もちろん、カッターナイフでコンビニ強盗ができると思っている若い人も来るし、今すぐプリペイドカードを買わないと息子が殺されると青い顔をしている母親も来る。
俺はそのたび、うまく対応する。
包帯の巻き方も教えてやるし、アイスは10分前にも買ったから家にあると思うよと言ったり、廃棄パンを子どものシャツの下に入れてやったりする。
コンビニ強盗には、カッターナイフの刃がいかに折れやすいかを教え、プリペイドカードは身分証がないと使えないんだけど息子さんの保険証番号は?って聞いてみたりする。
拓良地区で夜間営業しているコンビニは、ここが最後の一つで、あとはだいたい撤退した。車が突っ込んだり、ギャングの抗争で荒らされたり、夜中に開いていると強盗が毎晩やってきたり、あとは単に人手不足で閉店した。
この店も夜間バイトが見つからない日は閉まっているが、俺がバイトに入れるときは開いている。だから俺は店長にも、拓良地区の人々にも感謝されてる。
はずだ。
みんな恥ずかしがって俺に直接言いに来ないだけで。
棚には商品がちょっとしか置いてない。盗難防止だ。裏に商品はいくつか予備が置いてあって、売れたら俺が補充する。俺が裏に行ってる間は入り口を施錠しているが、ガラスを割って店に入ってきて盗んでいく奴もいるし、レジに入ってくる奴もいるが、レジの鍵は俺が持っているから盗めない。俺を襲ってくる奴が難波より強い場合はお手上げだが、今のところそういう奴は来てない。
今日は珍しく普通の客が来た。
普通といっても、少しは拓良地区っぽいところは存分にある。
外見的に普通っぽかったというだけだ。カーディガンにタイトスカートというオフィスにいそうな女が慌てて入ってきたから、まさかの強盗かと思ったけど、彼女はレジにまっすぐ来た。
「チェ・ユノ?」
売り場も見ずにレジにやってきた黒髪の女は俺に聞いた。そいつがまともな奴だってのは空気でわかる。そんなのが夜中の拓良に何の用だ? そっちの方が気になる。
「だとしたら?」
俺は相手をじっと見た。
「耳を貸して。手でもいい」
女が言って、俺は息をついた。何だ、この女。化粧は薄めだが、言ってることは何かおかしい。たぶん年齢は俺と同じぐらいか、もうちょい上。
「無料じゃない」
「お金?」
女はそう言って笑った。どこに笑いどころがあったのかわからない。
「そう。お金、持ってます? カードとか電子マネーでもいい」
俺が聞くと、女は前に倒れ込むようにしたので、俺はとっさに支えた。
そこで彼女にキスされた。濃厚なキス。
久しぶりだ。下半身がキュッと引き締まる。
そこで表から別の客が来た。どう見てもカタギではない男が2人。
「おい、そこの女ぁ」
と怒鳴るから、俺は彼女からそっと離れ、2人を見た。見覚えがあるから、この辺のチンピラだろう。
2人は俺を見て、一段階だけ勢いを下げる。
「大丈夫?」
俺が彼女にささやくように聞くと、彼女は微笑みながら財布から金を出して俺の手に押し付けた。そしてレジ横にあったペットボトルを1本取っていく。
「もらうね」
女は入り口にいた男たちを邪魔そうにすり抜けて行った。
コンビニのガラス越しに、彼女が振り返って俺を見た。
男2人は店で騒ぐことなく、女が出ていった後、自分たちも彼女を追って行く。
ピロリロリンと電子音が鳴ってドアが閉まり、俺は口の中に指を突っ込んだ。
何だこれ。
俺は指の先に残ったでかい魚の鱗みたいなものを見た。
丸い模様がついている。
コンタクトレンズだなと気づいて、俺はそれを水のペットボトルに入れて蓋をした。
今日もよくわからない客が来る。
俺の人生は、そんなことの繰り返しだ。辻褄が合ったことなんて数えるほどしかない。
ピロリロリンと音が鳴り、唇や鼻にピアスをつけた10代の集団が入ってくる。3人、そして後ろから5人。
これはすぐにわかった。
コンビニ強盗だ。
俺はペットボトルをレジ脇に置き、どいつが一番強いのか見渡した。
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