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恋多き男
「ごめん、別れてほしいの」
ちょうど俺の目線の高さにある獣耳をぺたりと垂れ下げて、恋人だったはずの相手がそう告げる。
「そっか、わかった」
「レンのこと、嫌いになったわけじゃ……って、え?」
「うん、別れよう。ああ、気にしないで。俺、きみのことは本当に好きだったけど、振られるのは慣れてるから」
「えっ、あっ」
「じゃあ、短いあいだだったけど、ありがとう。ここは払っておくから」
こうしてたった今振られたばかりの俺は、伝票を掴み取りながら席を立つ。
あの別れ話は、きっと俺を試しただけだと言う奴もいるだろうけど。健康的な褐色肌に、ふわりと揺れる長い髪から見え隠れする獣耳が、好みのタイプど真ん中な上にベッドでは素直で可愛いあの子のことは好きだし大事にしていたつもりだったけど。こんなことで試されないと信じてもらえないなら、遅かれ早かれそれまでだ。
恋多き男だと言われている俺は、確かに見た目は悪くはないし、冒険者としてもそこそこ上手くいっているほうだと思う。だけど、それは俺が特別モテるとかそういったことではなくて、欲しいものは盗られる前にモノにする、ただそれだけだ。
親の顔も知らず、育ての親からは虐げられて早々に家を飛び出した。ただの子供がひとりでマトモに生活できるわけもなく、その日暮らしの路上生活だ。不法侵入や窃盗はまだかわいいぐらい、生きるためには大きな声じゃあ言えないようなことにも手を染めた。辛うじて身体を売ることはなかったが、死にかけたことも一度や二度ではない気がする。
それでもしぶとく生きているうち、かつての犯罪めいたスキルが役立つことがわかった途端にトントン拍子に冒険者として生計が立つようになったのだから人生わからない。俺は悪運強く今まで生きてきたものの、俺たち人間なんてあっという間に死んでしまうことは身をもって知っているから、立ち止まっている時間が勿体ない。
まあ、そんなことは俺の都合でしかないことは承知しているが、やれ見境がないだの、チャラいだの、好き勝手言ってくれる奴も沢山いるのが現実だ。これでも俺は好きになったら一途なほうだとは思っているのだが。
「レン、お前また別れたのか?」
「ああ……まあな」
店を出ようとすると、そこで飲んでいた冒険者仲間の連中に声を掛けられる。
「ま、お前がいいならいいけどさ。夜道には精々気を付けろよ」
「おう、ありがとな」
そう、こんな俺でも俺の冒険者としての腕を買ってくれている仲間もいるし、心配してお節介を焼いてくるのは余計なお世話とはいえ、なんだかんだでいい人生だ。
サッサと気持ちを切り替えて、今日はゆっくり休もうと決めて夜道を歩いていると、その先に二人組の気配を認めて足をとめる。
「…………なんだ?」
「お前さ、オレたちがどんな気持ちであの子をお前に譲ったと思ってんだよ。それなのに簡単にポイ捨てするなんて…… 」
はあ?あんたたちの気持ちなんて知らねえよ。まったく、言い掛かりとは踏んだり蹴ったりだ。
「いや、なんなら振られたのは俺……」
「煩い」
二人組とは別の気配を背後に感知したときには、既に地面に膝をついている自分がそこにいた。背中に、生暖かい液体がじんわりと滲んでいく。
「は……?」
「夜道に気を付けろ」という言葉が脳裏に蘇る。同時に、目の前の二人組が慌て出すその表情がなんだか可笑しくて、思わず噴き出したところで俺の視界は暗転した。
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