叔父様は箱庭から逃げられない

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 スウェインに甥ができたのは、彼が十三のときのことであった。十も年の離れた兄・クリフォードに連れられて顔を合わせた甥のアランは、赤子のころからスウェインの気に障ってならない存在だった。    さらさらの銀髪。ふくふくとした小さな手。この世のすべてが自分の味方だとでも思っているような甘ったれた顔。スウェインと同じ青い目だというのに、狐のようだと言われるスウェインとは対照的な、ぱっちりとした目をしていた。  色合いこそ兄夫婦のどちらとも似ていないけれど、パーツのことごとくが憎らしい兄にそっくりだ。それはつまり、将来的には人目を集める美しい男に育つことが確定しているということでもあった。 (忌々しい。生まれた瞬間から約束された未来を手にしている、望まれた赤子)    何を考えているかも分からぬ赤子の青い目の中に、歪んだ己の顔が映っていた。 「あー、う?」    生まれて何か月経ったのかも知らぬ甥が、当たり前のようにスウェインに手を伸ばしてくる。握り返せとでもいうのだろうか。無性に腹が立ち、スウェインは反射的にその小さな手を叩き落としていた。  周囲の空気が凍り付く。慌てたようにクリフォードはスウェインの肩に手を掛けた。 「おい、スウェイン!」 「失礼。驚いたもので」 「それにしたってお前……いや、スウェインは繊細だものな。仕方がないか」    兄は困ったように笑う。 「困った子だ。まだまだ反抗期だな」  クリフォードの取りなしに追従するように使用人たちがぎこちなく笑う。 (善人。人格者。兄上は、どれだけ私をみじめにさせれば気が済むんだ。大嫌いだ)    クリフォードのこういうところがスウェインは大嫌いだった。どれだけスウェインがわがままを言っても、悪い態度を取ったとしても、笑って許す。言葉ひとつで空気を変えて、ほぐしてしまう。年の差だけでは説明できない器の違いを思い知らされ、スウェインはそのたび息苦しい思いをしたものだ。 「きゃはは!」  赤子が笑う。アランの無邪気な笑い声は、スウェインを嘲笑うかのように、静かな部屋に響き続けていた。
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