地獄の釜焦げの話

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地獄の釜焦げの話

 場末の居酒屋・モツ野郎にて怪異発生との報を受け、夏樹は例のごとく(しぶ)る啓二を引きずって現場へと急行。外の下げ看板を勝手に裏返してから店内へと踏み込み、スマホカメラで客や店長含む従業員(スタッフ)の認識を湾曲(わんきょく)操作。 「えっと……三途(さんず)の川で行水(ぎょうずい)でもして酔い覚めにしな」  自分でも納得いっていないような決め台詞(ゼリフ)を吐いて、啓二は怪異の元凶である元・店員の害霊(がいりょう)を斬り伏せた。 「くっそ……やっぱ気ぃ乗らねぇとコッチも決まんね」 「いつもはカッコよくできてると思ってたんですか? マンガとかのヒーローが悪者(ワルモノ)を倒す時のイキった台詞」 「うぐっ……俺の(はら)いにゃメチャ重要なことなんだよ。今回は雑魚(ザコ)だったし問題なく斬れたけど……はあぁっ」 「啓二さん、汗が凄いですけどニコチン切れですか?」  夏樹に毒舌(どくぜつ)攻めされながら啓二は壁に背中を預けて、炎刃(えんじん)を消したジッポライターの(フタ)をカチャリと閉める。 「とにかく、俺の仕事はここまでだ」  座敷の中では三名の(・・・)被害者が吐瀉(としゃ)物を撒き散らして、親が見たら泣くようなみっともない格好で倒れていた。 「まったく、大人(オトナ)は何が楽しくてお酒飲むんでしょう」 「さァなぁ、お前も将来わかんじゃねぇの?」 「妙ですね、この現場(・・・・)」 「あん?」 「なんだか、説明しにくい(イヤ)な感じで満ちてます。害霊とは違った、気配というか残滓(ざんし)とでもいいましょうか」 「俺にゃバカどもの乱痴気(らんちき)騒ぎの末路にしか見えねぇ」  ゲロの(ワナ)を避けるためにか夏樹は四つん這いとなり、ワンコか何かみたく座敷内をしげしげと観察して回る。 「俺らの仕事は化物(バケモン)退治であって警察ゴッコじゃ……」  と小部屋を覗き込んだ啓二は硬直する。  夏樹はブレザー姿でミニスカートを穿()いているのに、犬のポーズで白く眩しい太ももをチラチラさせていた。 「け……けしからんっ」 「はい?」  普段どおりの無表情で振り向く夏樹は(おのれ)がJKという、男の心を乱す存在だと(つゆ)ほども思ってなさそうである。 「若い娘が……なんでそんなスカート短くするんだよ。お前って学校でも男の前でそんな無防備(ムボービ)な感じなの?」 「あ、目がエッチです。啓二さんの、むっつりオトナ」 「ば、ばかっ! ガキに興味ねぇし、嘆いてんだ俺……昨今(さっこん)の女子高生って種族はガード甘すぎだってよぉ!」 「うるさ……着眼点が娘に対するお父さんのそれだし、若干ガッカリです啓二さん……何かおごってください」  タメ息まじりに言うと夏樹は調査を切り上げた。  ふたりで店を出て、夜風に吹かれて公園に寄る。  啓二は自販機でペットボトルの温かいお茶を買うと、 「ほらよ」  無造作に夏樹に投げ渡す。 「お茶て。いただきますが」  夏樹がベンチに腰かけて、薄唇を飲み口に()てがう。 「以前のマンションでも同じ気配を感じてました」 「お前まだ言ってんのか? 俺にゃ何も……」 「啓二さんが鈍いのでは? 別の意味でもね」 「害霊の察知(感受性)にかけちゃ女に勝てるわけねぇだろ」 「わかってるならちょっとは相棒(バディ)を信用してください。わたしに頼らなきゃ啓二さん今ごろ千回は死んでます」 「感謝シテマス……話を聞こう」  啓二は苛立ち、胸ポケットのタバコの箱に触る。  ベンチ横の自販機の放つ照明が薄ぼんやりと照らす、相棒の物憂(ものう)げな横顔をチラと見やって箱から手を離す。 「シ人(・・)について、ごぞんじで?」 「死人(しにん)……いや、組合の暗号(コード)のほうか?」 「マンガばっか読んでる啓二さんでも知ってますよね」 「でも……害霊と明確に区別される理由はピンと来ん」 「大違いです。シ人たちは自分が死んだことに気づいてないか(ある)いは、受け入れて普通に社会で死活(・・)してます。そして奴らは、その能力を理性と知性でもって制御して時に計画的に、矛盾(むじゅん)する制御不能な衝動任せに振るう」 「無意識の暗示とやらで医者や機械すら騙すらしいな。徒党(ととう)を組んで暴れる奴もいるみたいだし確かに厄介か」  ここで啓二は夏樹の言わんとしていることに気づく。 「そのシ人が前々回と今回の件に関わってるってかよ」 「わたしも実物と遭遇したことないし確証はないです。しかし一応の可能性として本部に報告しておかないと」  夏樹が、握っていたはずの容器を地面に落とす。 「あ……」 「何して……」  ふたり、それが転がりゆく先を自然に目で追う。  ぐしゃり  容器は、踏み潰されて(たい)らとなって敷石(しきいし)に貼り付く。 「みっけ」  そこに、少女がいた。茶髪は長くて、猫っ毛だ。  華奢(きゃしゃ)な身に纏うブラウスの上から白コートを羽織(はお)り、ミニスカートから伸びる脚に黒タイツとロングブーツ。 「挨拶(アイサツ)しとこうと思ってさ」  周囲の空気は震え、街灯が不協和音(ふきょうわおん)を上げつつ(きし)む。 「ふぇっ! ひぃやぁっ!」  一瞬にして夏樹は、恐慌(パニック)を起こす。  尻もちをついて赤ちゃんみたいにハイハイで足掻(あが)き、 「イヤぁ助けてっ助けてっ逃げてっ怖いよぉ」  と喚いてポロポロと落涙(らくるい)しながら啓二にすがりつく。 「夏樹? しっかりしろ!」  啓二はバディの発狂に戸惑い、 「ひでぇ反応。傷つくわぁ」  悪戯(イタズラ)っぽく笑う異質な少女を睨む。 「何者(ナニモン)だ!?」 「荒覇吐(アラハバキ) 萌絵(モエ)、シ人っす」
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