死神が眠る朝の話

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死神が眠る朝の話

「どこへ行くんです?」  ぬっ、とイキナリ曲がり(かど)から登場して立ち塞がる。そんな、無表情の女子高生に啓二はもちろん驚愕(きょうがく)した。 「わあっ夏樹テメェは俺のストーカーかよっ!?」 「だっさ啓二さんカッコ(わる)害霊(がいりょう)にはビビらないのに」 「お前のほうがよっぽど(コワ)。てかガッコはどうした!」 「校長誕生日でお休みです。質問の答え聞いてません」  食い下がる夏樹の真横を、啓二は通過していく。 「誰が教えるかっての」 「わたしの中で完全に良からぬトコだと決定しました」 「ついてくんな病院だ」 「ご自分の頭の中身が心配になったんですね啓二さん」 「なァ夏樹、助走(じょそう)つけて殴っていいか?」 「さすが(クズ)恋人だって(・・・・・)既に殺してそうですもんね?」  啓二は立ち止まって振り向くと、腕を大きく広げる。 「わ」  胸にぶつかって呻く少女の顔を、両手で掴んで挟む。 「そうとも、俺はクズ男さ。好きな女(・・・・)、殺したんだよ」  夏樹はまだ何かしら毒づくような気配を漂わせるも、男の顔を見上げた途端にいつも伏せがちな目を見開く。 「ひ」  小さな体はガクガクと震え始め、内腿(うちもも)()り合わす。 「ごめっ……なさっ……ひ」 「もう来るなとは言わねぇ」 「怒らっ……ないっ……れ」 「命令をする。来い(・・)、夏樹」  九十九(つくも)中央病院へと到着した直後、 「お手洗いに行かせてください」  と夏樹が声を潜めて言いつつ啓二の袖先を握る。 「どうした? 青くなってんぞ」 「お願いしますキモチ悪いです」 「吐きそうなら許可(キョカ)なんかいらねぇし黙って行けば?」 「ちっ違う……ぬ、濡れ……たんです……し、下着が」  夏樹はうつむいて垂れた前髪で表情を隠す。  輝く(しずく)が頬を伝ってエントランスの床に落ちていく。 「泣くなよ……あ、謝る……悪かった……い、行けよ」  すんすんと鼻を鳴らしながら、とぼとぼと歩いていく夏樹の背中に罪悪感を禁じ得ず、啓二は後頭部を掻く。  久那土(クナド) 美子(ミコ)  個室前の(ふだ)に記されている名は啓二の愛する名。  彼が受付事務員と話した内容で何もかも理解してか、夏樹は落ち着かない様子で肩を(すぼ)めて縮こまっている。 「なァ夏樹、お前に(ハジ)かかせた。今度はさ、俺の番だ」 「……はい?」 「部屋には、俺だけ入る。でもドアを少し、開けとく。つまりだな、お前は俺を好きに覗いていい(・・・・・)ってことだ」 「ごめんなさい。意味が、よく……」 「すぐわかる」 「でしたら……覗きます、けれど……?」  釈然(しゃくぜん)としていないだろう夏樹の隣で啓二は深呼吸し、悪人面の頬を(おの)が手で音が鳴るほど何度も張り飛ばす。 「美子ちゃん? 俺だけど入っていいかな?」  声色を普段のそれと打って変わって優しくしたうえ、柔らかな微笑みを満面に貼り付けた男に少女は後退(あとずさ)る。  問いに対してドアの向こう側から返されるのは、 「お兄ちゃん? も〜ずっと待ってたよ〜?」  大人の女の声だが底抜けに明るく無邪気な響き。  啓二が病室に踏み込むと美子ちゃんはベッドの上で、純粋な笑みを浮かべつつ隻腕(せきわん)をブンブン振ってご挨拶。右腕を肩口まで綺麗に喪失(そうしつ)してしまっているばかりか、右目に眼帯を装着してシーツには左脚の膨らみがない。  さらに体の至るところに包帯を巻きつけて満身創痍(まんしんそうい)、にもかかわらず元気を有り余らせた様子で派手に喜ぶ。 「お兄ちゃん、あのね聞いて美子ね」 「うんうん聞く。なんでも話してよ」 「ピーマンね、も〜食べられるの〜」 「凄いじゃんか。美子ちゃんエラい」 「わかってくれたら、いつまでも子供(コドモ)扱いしないでね。お兄ちゃん年下だし、美子おねいさん(・・・・・)と呼びなさ〜い」 「失礼しました、美子おねいさぁん」  お見舞い品の、果物カゴ(フルーツセット)を掲げて啓二はひざまずく。 「(みつ)ぎモンです。お(おさ)めくださぁい」 「ひかえおろ〜。お兄ちゃん目ぇ閉じて顔もっと前〜」  果物を受け取るかと思いきや、 「ちゅっ」  と美子は啓二の頬にキスする。 「うへへ、やっぱりずっと美子ちゃん(・・・・・)のままでいいや。大人(オトナ)じゃ、お兄ちゃんに甘えたりできないんだも〜ん」  そう言った美子のお下げ髪を、啓二は無言で撫でた。 「あうっ」 「美子っ」  こめかみを押さえて呻く美子。  啓二はナースコールのボタンを押そうとするが、 「上にいる子を(・・・・・・)、助けてあげて」  美子の言葉を受けると弾かれるように振り向く。  ひとつ上の階の個室にて惨劇は既に起きていた。  男女と医者が頭を西瓜(スイカ)みたく破裂させて倒れており、入院患者と(おぼ)しき女子は幽鬼(ゆうき)のごとく血溜まりに立つ。 「人間だ」  ジッポを握って歯噛みする啓二が、夏樹を見つめた。 「頼むぜ先輩(・・)。俺じゃ死なせる」 「呼び捨てで……いいんで……」  夏樹はスマホを標的に向けて構え、真顔のウインク。 「ちぇき」  スマホのカメラのシャッター音が無機質に響く。  女の子は()き物が落ちたようにベッドに倒れて眠る。  惨劇の現場に大慌てで集合した看護師たちにも、 「ちぇき」  と夏樹がシャッターを切って淡々とこう告げる。 「あなたがたは我々の存在を認知できても公表しない。(すみ)やかに患者の処置をして遺体などは警察に任せます」  スタッフ一同(ほう)けて頷くと仕事に取りかかっていく。
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