ここにしかない、戦の話

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ここにしかない、戦の話

 (ミソギ)医院にて啓二が夏樹に言い放つ。 「お前は来るなよ」 「納得に足る理由を教えてください」 「感受性が強すぎて荒覇吐(アラハバキ)の前じゃ()抜けだ」 「足手まとい、だって……言うんれすね……」  少女は(うつむ)き、手で口を覆って泣き出す。 「ふゅ……ひ、ひどいよぉバカぁっ……」 「あんまりだ、けれど僕サンも賛成かな」  籠山が会話に加わりながらイスに座る。  神妙な表情で両手にテーピングを施す(経文つきテープを巻く)。 「おそらく厳しい(いくさ)になる。被害は少ないほうがいい」 「夏樹どのは貴重な人材だ。是非(ぜひ)お聞き入れくだされ」  石丸も大幣刀(オオヌサとう)の紙を交換して男たちは準備を終える。  真夜中の工業区画を三人で駆け抜けていく。 「代表の情報によれば潜伏(せんぷく)先はすぐそこだよ」 「進ませねぇけどなァ」  秋津が進路に立ち塞がる。  籠山が「先に行きな」と促す。 「ただし深追い禁物さ。美子チャン助けたら撤退(テッタイ)」 「籠山さん!」  啓二は躊躇(ためら)うも石丸に肩を叩かれて先へと急ぐ。 「オッサン相手ヤだァ。ポニテの(メス)のほうがイイ」  石丸の性別を女と誤解したと思しき秋津の前で、 「僕サンだってオッパイ(・・・・)あるぜ」  籠山は上着を脱ぎ捨て厚い胸板(マッチョ)を見せびらかす。  微笑んで拳を握って脇を締め、 「ボックス(BOX)! カ〜ン」  試合開始(ボクシング)のゴングを鳴らした。 「みんな怖いんだ」  死体の山に座ず貴月が震えながら(つぶや)く。 「ボクを睨みつけて襲ってくるもん」  高く積まれた(はら)い屋たちの一部は空洞(くうどう)。 「だから目玉をくり抜かなくちゃね」 「(あわ)れな」  石丸が啓二の背中を押して立ち止まる。 「石丸さん?」  もはや声など届かない(このひとキレてる)と啓二は悟った。 「憐れだからこそ……(おれ)だけは貴様を愛して救う」 「本当に、ボク助けてくれる?」 「死骸(しがい)が、喋るな」 「ひ」  慈悲(じひ)以外の感情を宿さぬ瞳が貴月を射抜く。  石丸は大幣刀(えもの)を抜き放つなり、 「誰よりも(むご)たらしく……未知の恐怖(・・・・・)を貴様に刻もう」  半身にて拳を顔の横に添わす(かすみの構えとなる)。  ひとりになった啓二は製鉄所の入口前で死臭に呻く。 「くそったれ」  天井で複数名の作業員が首を吊って揺れ動いている。 「死は救済なのでぃす」  駒鳥(ロビン)がクルクル踊って歌うように(ささや)く。 「黒部ぇーシュートぉ」  割り込んできた白玉が黒部を投げて駒鳥(ロビン)にぶつける。 「真辺さぁーん、ここ任せて行ってぇー」 「マジありがと、白玉。あ、あと……?」  メンヘラと折り重なって「友達やめる」と怒ってる、どっかで見たことあるチビを啓二はなんとか思い出す。 「確かトイレで、オナってた子ぉ……?」 「殺して今すぐ、あたいを殺しちくりぃですぞぉ〜っ」 「来たね」  立ち並ぶ煙突を背景に萌絵が髪をかきあげて嘲笑う。傍らの美子は車イスに支えられた格好で気絶している。 「十年分(・・・)」  啓二が(とな)え、アスファルトを蹴り砕く。  突風となり、美子のもとへと疾駆(しっく)する。 「迷わず寿命(イノチ)を削るか啓二……だがっ!」  萌絵は待ち構え、超スピードで脚を振るう。  対応した啓二と、右回し蹴りをぶつけ合う。  力と力の拮抗(きっこう)は、刹那の半分ともたず終了した。  萌絵が押し切り、体勢を崩す啓二の懐へと潜る。  ガラ空きの腹に、小さな拳による二連撃(ワンツー)を打ち放つ。 「うごっ」 「セックス(たたかい)になりゃしない……これが現実だっ!」  さらに拳は唸り、側頭(こめかみ)を襲って脳を揺らす。  よろめく啓二が、ジッポの炎刃(えんじん)を形成して横に薙ぐ。萌絵は()()って、回避(バク転)と同時に彼の(あご)を蹴り上げる。 「か弱き生者(せいじゃ)の命など」  追撃の前蹴りが啓二の心臓を打ち、 「すべて(つい)やそうとも」  頬へのフックは左の眼窩から義眼を(・・・)弾き飛ばす。 「うちに勝てない届かない」  啓二の襟元を萌絵が掴み、顔を寄せた。 「男はどんだけ(いき)がってても女の中でお漏らしすんの。限界を超えたけりゃもう人間やめるっきゃねぇでしょ」  ジッポは手から滑り落ち、刃が消える。 「シ人になれよ真辺 啓二」  血を吐いて意識混濁(こんだく)。  しかし右目は生きている。 「希望(ミコ)が邪魔なら()つまで」  萌絵は啓二を引きずっていく。  美子に近づいて喉元に手をかけた。 「け い」  漏れるのは(かす)かな声。 「じ く」  萌絵の手首が()し折れた。  啓二が(ワシ)掴みにしている。  さらに萌絵の両脚は根元から消滅。 「確かに女にゃ(・・・)勝てねぇな」 「貴様! いや、貴様ら(・・・)!」  萌絵は、倒れて初めて笑みを失う。  美子が、車イスごと忽然(こつぜん)と霧散して別方向に現れる。傍らには、来ることを許されなかった夏樹の姿がある。 「夏樹 奏鳴曲(ソナタ)、どうやって来た?」 「自撮り転移(セルフィー・ワープ)」 「そんな反則技(チートわざ)、聞いてねぇけど俺」 「隠し玉です」  夏樹は、足元のジッポをスマホで撮影(ちぇき)する。  そして、離れた位置にいる啓二の手中へと送り込む。  啓二が、受け取ったソレを萌絵の胸へと押し付ける。 「イキ疲れたろクソビッチ(アラハバキ)」 「やめろ……うちを(はら)うな」 「今度は冥土(メイド)()キやがれ」 「そんな……キモチ良くない方法で!!」  解き放つ炎槍(ジェット)は、萌絵を地表ごと穿(うが)つ。  鎮圧(ちんあつ)完了の報を受け、啓二は座り込む。 「なァ夏樹……怖くなかったのか?」 「あなたを……失うほうが怖いです」  奏鳴曲(ソナタ)不器用(へたっぴ)な笑顔を、地平線からの光が照らす。  素敵(ステキ)な朝だ。  啓二は思う。  九十九町(このまち)の朝を美しいと、初めて思う。
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