泡を食う人魚姫の話

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泡を食う人魚姫の話

貴女(あなた)テイル(・・・)を解放しなさい」  男とも女とも判別し難い声が闇に響く。  あたしは最近、いつも同じ夢をみてる。 「心のまま世界を染めるのです」 「自由になれって? あたしって不自由か?」  声は質問に答えない。 「てかシッポ(tail)をどうしろっての? 犬猫か?」 「そして、戦う(・・)のです」  なぜ? 誰と、なんのために?  相変わらず意味不明な夢が、急に終わった。  ネットの海に没頭(ぼっとう)するうち寝落ちしたパターンだと、デスクで目覚める時に変な姿勢になってて脚とか痛い。  これも日本(ジャパン)のアニメが(とうと)いせいだ。  リビングにおりると姉さんたちは集合して、 「おはよマリナ、寝グセ萌え〜」 「お姉ちゃんが、ブラシかけたげまちゅね〜」 「ミルク飲んで、パンケーキもハァイあ〜ん」 「アンタたちぃ、妹のおセワ残しといてよ〜」  とまァこんな感じで先を争って構ってくる。  あたしは末っ子でメチャ甘やかされているのだ。 「いってきます姉さんたち」 「「「「いってらっしゃいマリナ愛してるちゅ」」」」  四連発のキスを順番に受けて四連発のお返し疲れた。  お姫様扱いされて家を出たら悪夢が始まる。  あたし学校キライキライ。  アメリカのスクールカーストって知ってる?  あたしはその底辺のほうで、ギーク(※オタク)ってくくり。 「ジョン、またMVPだってェ?」 「知ってるゥ、試合みてたもん」 「カッコいいよね。付き合いたいな」 「アンタじゃムリ。だってカーラがいるもん」  ロッカーの前でワナビー(※取り巻き)っぽい女子が(ウワサ)してるのは、フットボールで活躍してるジョック(※学校の王様)のジョンのことね。 「キミたち、あんま大声で喋るなよ」  噂をすればモテ男のご登場だ。 「「きゃ〜話しかけられちゃったぁ〜」」  ワナビーたちが大喜びで逃げてく。  あたしも早く退散したいのに、 「マリナぁ、今度ウチでパーティやるぜ」  ジョンが絡んできた。 「へェそう、楽しんで」 「ハイこれ招待状。お姉さんたちと是非とも」  わざわざいっぱい用意したであろうオシャレな封筒(ふうとう)、差し出されて平常心を装いきれずにあたしは(あわ)を食う。 「なぜ……?」 「誘わない理由でも? 幼馴染じゃんか」  とぼけた顔して軽々しく言っちゃって。  あたしの気持ちに気づいてもいないくせに。 「こういうのヤメテ迷惑。カーラがいるでしょ?」  カーラは誰も逆らえないクイーンビー(※学校の女王様)。 「そのカーラに僕は迷惑してる、毎日つきまとわれて。チアリーダーだからってカノジョ面して、やんなるよ」 「付き合って……るんじゃないの?」 「ないの。じゃあ渡したからね。絶対、家族で来てね」 「ちょっとぉ」  ジョンは、足早に去ってしまった。  あいつのせいで、あたしは教室で針のムシロだ。 「キモオタがジョンに誘われたって」 「断ったらしいよ。何様?」 「そもそもアレが良くしてもらえるとか意味不明」 「今日は無視しようよね?」  これだ。これだからヤなんだ。  昔はジョンとよく遊んで、楽しかった。  なんのシガラミもなくて、自然と好きになっていた。だけど彼がキングになって、ロクに近づけなくなった。  何度も告白しようとした。でも言葉が出ないの。  ジョンは昔と同じような感覚で接してくれるけれど、そのたびにバカどものヤッカミを買ってイジメられる。  あいつはわかってないだろう。  あたしから声を奪った(・・・・・)のは自分だってこと。  あたしは結局、ジョン(たく)のパーティに出席した。  バカ正直に彼の熱望どおり、姉さんたちも呼んでね。  途中、一番上の姉さんとジョンが抜け出してく。  胸騒ぎに襲われたあたしはあとをつけ、それを見た。ふたりが家の中庭で抱き合ってキスとか、してる姿を。  たとえば今この手にナイフを握っていたとする。  あたしは、ジョンを刺すだろうか。いや、できない。  人魚姫は王子を殺せず、愛してるから泡になるんだ。だから……あたしも今までどおり、口を(つぐ)んでいよう。 「それが貴女の物語(テイル)?」  あの不思議な声が、聞こえた。  あたしの体は変化して、まず衣服が脱げ落ちる。  裸のあたしは全身が半透明のゼリーみたいになって、融合した両脚の皮膚が(うろこ)状になってまるで魚の下半身。  次の瞬間、あたしは中庭の敷石に沈む(・・・・・)。  あたしがいた地点の敷石……というよりも地面一帯、ドロドロに溶けてゲル状になっていると肌で感じ取る。怖くなってもがくと驚くことにスイスイ泳げてしまい、ジョン宅の壁まで溶かして潜り込むように登れちゃう。  姉さんとジョンは、あたしに気づいて怯え出す。 「も、モンスター!?」 「あなた、マリナ!?」  寄り添うおふたり。そっかそっかお似合いだね。 「どうして、あたしが泡にならなきゃいけないのっ? あたしは悲劇のヒロインなんか、まっぴらゴメンよっ」  あらゆるものを海へと変えて自由自在に泳いで渡り、あたしはふたりに急接近して水飛沫(しぶき)を上げて飛び出す。  えっ? 今のあたし、超キレイじゃん?  下半身の鱗を尖らせて、空中回転とともに一斉発射! 「泡になるのはオマエラだっ!」  ジョンと姉さんは切り刻まれて蒸発してく。  最高の解放感。今わかったよ。  これが自由ってことだよね? 夢の声さん?
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