牛鬼のオン返しの話

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牛鬼のオン返しの話

 もうダメか? (わし)は死ぬのか?  山道の途中で腹が減って動けなくなる。  久しく人間を食らってないので三対の脚は()せ細り、自慢のデッカい胴体が今や邪魔な肉の重しでしかない。  胃袋を満たすために食いモンが山ほど必要なのだが、どこの村人も飢饉(ききん)のせいでバタバタ死んで手に入らぬ。死肉も獣肉も無差別に食らう低俗な餓鬼(がき)と違って儂は、生きた健康な人間じゃないと胃袋が受け付けぬのじゃ。  こうなれば最後の手段。博打(ばくち)だが張るしかない。  残り少ない体力を使い、人間の若い娘へと変化(へんげ)した。誰かが通りかかる偶然を、辛抱(しんぼう)して待つべし待つべし。 「おっ()ぁ!」  釣れたのは痩せぎすの、オス(わらべ)一匹だった。  襤褸(ボロ)を着とって薄汚く、骨っぽくて不味(マズ)そうじゃわ。 「ひもじいよ。(まま)、くれろ」 「黙れ小童(こわっぱ)! 儂とて、ひもじいわ」 「おっぱいでもいい〜ちゅ〜っ」 「あンやめて吸っても出ぬってばン」  偽物(ニセモン)の乳房を掴んで離さぬチビに悪戦苦闘しとると、 「めっ才蔵(サイゾウ)! その人、おっ母ぁじゃない!」  今度はメス童が駆けてきてチビを叱って引き剥がす。  しめた。  こやつも痩せておるが二匹なら多少の足しになろう。儂は変化を解こうとしたがメス童は驚きの行動に出る。 「行き倒れさんね。ちょっと待って」  なんと刃物で自らの腕の肉を一部だけ()ぎ落とした。 「少ないけれども、ごめんなさいね」  新鮮な血肉の誘惑に勝てず、儂はソレを引っ手繰(たく)る。 「あ〜姉ちゃんの肉がぁ〜」  才蔵とやらは物欲しそうに、指をくわえて儂を見た。 「やらんぞコレは儂のじゃ」  むしゃぶりつくと幸せな味が口の中に広がっていく。  ちっぽけな肉片にすぎぬのでぜんぜん足りないけど、(かわ)いた身にしみて儂は不覚にもエンエン泣いてしまう。 「美味(ウマ)ぁい……あァ美味いよぅ……」 「そう? よかった。私は美代(ミヨ)。あなたは?」  しゃがみこんで微笑む美代が、儂には天女(てんにょ)に見えた。 「儂は牛鬼(ウシオニ)……じゃない。えっとぉ……鬼子(オニコ)ぉ?」 「鬼子さん、立てる? ウチの村に、案内するわ」  美代についていくと山の奥深くの名もない村に着く。ヨソ同様に荒れ果てていてスレ違う(たみ)も虚ろな目じゃ。 「ややっ! こんな小さな村にも(やしろ)があるのか!」  儂は足がすくんで美代に抱きつく。 「どうしたの? 鬼子さん震えてる」 「だって社ってことは神主(かんぬし)がおるのじゃろ?」  神職者は儂ら魔ヶ物(マガモノ)(はら)うので怖いのじゃ。 「ふふ、鬼子さんったらオトナなのに稚児(ややこ)みたい」 「う〜、そうじゃ儂は赤子じゃ。美代、守っておくれ」 「あらら、おっきな赤ちゃんね。よしよし、可愛いわ」 「にゃ〜、幼子のナデナデに幸せ感じちゃうのじゃ〜」  儂はもう美代にゾッコンで骨抜きにされとった。  こんな醜態ハズかしくて仲間の牛鬼に見せられぬわ。こやつの血肉には魔ヶ物を(とりこ)にする魅力があるらしい。 「こら〜オラの姉ちゃんだぞ〜」 「美代はもう儂の嫁子(よめっこ)じゃ〜い」  才蔵とモメる儂の手を美代が引く。 「隠れて」  儂は渋々と社の床下に身を潜める。  神主が若い衆を連れて帰ってくるところだった。 「美代、どこに行っておった?」 「父上、どこにも」 「とぼけまいぞ!」 「あっ!」  神主は美代の腕を乱暴に掴む。  袖をめくって、傷を見つける。 「やはり、またもヨソ者に肉を分け与えておったな? 我が一族の体は神への供物(くもつ)と知っておろうに、莫迦(ばか)め」 「父上、お許しを……飢饉で困った人が……あうっ!」  野郎め、美代を殴ったな! 「父はその飢饉を起こしておる妖怪(ようかい)の狩りに出ていた。かように長く続く異変は牛鬼めの仕業に違いないでな」  儂は確かに人を食らうし祟りもするが言いがかりよ。災害や悪天候や徳川幕府(トクガワばくふ)失策(しっさく)が飢饉を招いたのじゃ。  とんだ濡衣(ぬれぎぬ)で腹も立つし美代への(おん)もある。  どれ、ここはひとつ神通力(じんつうりき)を使ってやろう。  村の(みの)りはよみがえった。  村民は喜びに狂い、美代も才蔵も笑ってくれた。  だが儂はふたりと、お別れをせねばならん。  牛鬼の(おきて)があって、人を助けるとじき消滅する。  人間ごときのため、儂もヤキが回った。  しかし、もうよいわ。最後に、わかったし。  己も苦しいのに他人に食わす、優しい奴もおる。  隠れていた森から出てくると、村が燃えていた。 「なぜだ」  村人はヨソの村人に殺されて、作物を奪われている。 「なぜ奪う!? どうして分け合わぬのじゃ!?」  儂は叫び、走る。 「儂が余計なマネしたからか? 答えてくれ才蔵」  社の前に、才蔵と神主の首が転がっていた。  社の中で、暴漢(ぼうかん)が美代を犯しながら食っていた。  儂は本当の姿へと戻って、爪で暴漢を切り裂く。  美代は儂を見ても怯えず、息も絶え絶えに言う。 「鬼子さん、(めぐ)みをくれて……ありがと」 「牛鬼だと知っておって、儂を助けたのか?」 「……人じゃあなくても、お腹すいたら困るもん」 「死ぬなっ、死ぬな美代っ」  儂が落とす涙に濡れる美代は、 「うへへ……おっきな涙、おぼれちゃいそう……」  そう言って微笑んで事切れた。  恩 おん  オン (おん) 「許さぬ」  儂は社を壊さぬよう外に出て、 「この怨、返すぞ! 地獄へおちろ、人間ども!」  外道の群れめがけて火を吐く。
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