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眠れぬ森の少女の話
暖かな木漏れ日の光が注ぎ込む図書館内の窓辺にて、膝上に本を一冊置きながらイスに座って少女は微睡む。
「うつら、うつら……」
「あのう、お客さ……」
女の司書が注意の言葉をかけようとして躊躇う。
少女の姿はまるで絵画に描き出される王女のような、余人にとって犯し難い神聖さで満ちていたからである。色素が薄く非常識に長い髪はイスの背もたれや肘かけ、彼女の狭い肩や白い細腕に垂れかかってひどく眩しい。
「貴女の物語は既に解放されている」
司書に背を向けて立つ、外套姿の青年が少女に囁く。
「不眠症、なぜ戦わない?」
「出てき、たの……魔法ツカイ……」
少女は寝ていなかったらしい。
もともと目尻が垂れているうえ伏し目がちの表情で、あたかもずっと瞼を閉じているようだから紛らわしい。
「来るしかないさ。眠れぬ貴女は夢をみない」
「脳ミソが壊れてる、の。常に眠いけど眠れない、の。ある……あるふぁあ? 波も……出っぱなし、とか?」
「体が眠りを求めてる」
「死を求め、てるのかも。死と眠りは兄弟だもの、ね」
「ゆえに戦いは嫌い?」
「嫌いかも、なのかもね。会ってみたい子ならい、る」
ここで青年がタメ息。
「キミと喋るの疲れる」
「よく言われ、あふぁ」
あくびする少女を呆れた目で見て魔法ツカイは消え、同時にドアが開いてひとりの女学生が飛び込んでくる。
「ソーニャ先輩! お昼休み終わるっすよ?」
「そーにゃ、の?」
「そーにゃんです。本、借りないなら迷惑!」
「借りる、ので待って」
ソーニャはモタモタと手続きして図書館を出ていく。
校舎内が夕日の色に染まる放課後。
階段をおりながら後輩のアンドレアと話す。
「あそこ好きだね先輩。学校にも図書室あるのに」
「本って小さな森なの、よ。多いほど落ち着ける、の」
「制服が乱れてますぜ。はい首、うーってしてぇ」
「う、うーっ」
踊り場で立ち止まって、タイの歪みを直してもらう。
「先輩はアンがいないと、ダメ人間っすよね」
「怠惰でありたいの、よ。しっかり者のアンに、感謝」
ぼやくアンはソーニャよりも頭ひとつぶん背が低く、寝ぼけ姫の美貌を見上げるカタチになって頬を染める。
「美人なだけっていうか、二重瞼で睫毛も長くて」
アンは周囲を確認してから目をキュッとつむる。
「クリーム色の髪、エメラルドの瞳」
と繋げたのはソーニャだ。
「あなたのモノよ、アンドレア」
キスはソーニャのほうからだった。
「清き女学院に不埒猫とは」
「先生、こんなの時代錯誤です」
ソーニャとアンは生徒指導室の壁に両手をつかされ、サドっ気ある女教員に竹の笞でおしりを叩かれていた。
「レズ発生は珍しくないし先生も自由恋愛主義だがね、いただけないのはソーニャ嬢様の名誉ある家柄ゆえだ」
「なんのことやら……うつらうつら……」
叩かれながらウトウトするソーニャを教員は怒鳴る。
「反省の色なし! 外部に知れたら怖いぞ!」
「私が迫ったの! 先輩は悪くありません!」
ソーニャを必死に庇うアンを無視して教員は薄笑い、
「我が性奴隷になれば内緒にしといてやろうゲヘヘヘ」
ソーニャのスカートの中に手を潜り込ませて動かす。
「いやっ」
「雌犬のように犯してやる」
眼前で繰り広げられる陵辱にアンは震えて咽び泣く。
「やめてぇっ」
翌朝、脅迫教員の死体が川に浮かんだ。
全身に犬猫によるものと思しき噛み傷や引っかき傷、さらに鳥についばまれた痕や馬に蹴られた打撲痕あり。
「さーせん先輩……我慢ならず……」
「わたしの身ひとつで済んでたのに」
校舎裏にてソーニャとアンは対峙する。
「暴力は禁止と誓ったのに」
ソーニャが本を開くとページが次々と剥がれていき、紙の束は原材料に戻って足踏み式の糸車を組み上げる。
「外道女のために自分の将来と」
同じ工程で生成した丸イスに腰かけるとソーニャは、アンティーク・ナイトドレス姿に変わって糸車を回す。
「わたしとの生活を壊すなんて」
「本気っすか先輩」
車輪が紡ぐは糸でなくて無数の茨。
蛇のごとく暴れてアンに絡みつく。
「お手向かい致しますぜ! 出でよ音楽隊!」
アンは唱えて犬と猫とニワトリを召喚。
自らも耳や下半身をロバのソレへと変化させるなり、しもべ達に茨を食い千切らせるとソーニャに突進する。
「末期の夜伽! 合成獣の葬送曲!」
ロバ少女の頭に犬と猫とニワトリが乗った。
四匹の合唱による超音波は他の茨を砕いて塵と帰す。
糸車も蹴り壊したアンが前足でソーニャを押し倒す。
「抵抗してくれ先輩!」
「殺して」
「まさか……そのつもりで」
「家族は眠ったわ皆。他は財産目当ての親戚だけ」
ソーニャが目を閉じて微笑む。
「わたしも逝きたい。お願いよ大好きなアン」
「無理だ。あなたを手にかけるくらいなら!」
アンが茨の棘を掴んで、自らの喉に向けた。
「だめ!」
「ケジメっす。さよなら先輩!」
決着はソーニャに何も与えてくれない。
「アン、教えて?」
問いに答えぬ恋人を抱きしめて寝ぼけ姫が落涙する。
「わたしは、わたしは……いつになったら眠れるの?」
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