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九尾コンコンコイ話
「では此れより族長会議を執り行う」
鼻高の男前なれども少々お堅い大天狗どのが仕切る。
「今日の主題は日本帝国の戦争に参戦すべきか否かだ」
「狸族は金輪際……出兵などせんぞ」
大狸の親分どのはご立腹の様子でデカい腹を鳴らす。
「日露戦争の折……多大なる貢献をした軍隊狸たちに、日本人どもは感謝するどころか天狗になりおったわい。今度もますます増長して山や森を削って住処も奪うし、他国への侵略行為に熱を上げとるし愛想が尽きたわい」
「人間のたとえに天狗を持ち出したのは悪口か?」
「許されよ大天狗どの決してそういう意味じゃあない。恩を仇で返されとるのは貴殿の一族も同じであろう?」
「いかにもだが我ら天狗族は既に馳せ参じる気満々だ。戦の主力が空母や艦載機となれば神通力の見せ所ゆえ」
ここで大天狗どのと大狸どのが同時に妾を見た。
「白面金毛九尾の狐どの、貴女の結論や如何に?」
「貴女がその気になれば、一国の転覆など容易かろ?」
ふたりは固唾を呑んで、妾の返答を待っておる。
こういう重苦しい空気、苦手なんじゃけどのう。
「妾は〜人間の国どうしの諍いなんか興味ないも〜ん。てかこの会議つまらんし〜座ってるの疲れちゃった〜」
どっちらけ。
「……ってことで狐族は保留にしてたも」
「幽霊族が来てないな? あの英雄の意見も聞きたい」
「ホホッ、大天狗どのも神通力が衰えてボケたかえ? その英雄の作者さんは、ちょうど今ごろ戦場じゃよん」
「イカン……件が話すコトとゴッチャになっておった」
照れる大天狗どのの胸を妾がツンツンしたげちゃう。
「大天狗どのウッカリさんでカワイイ〜」
「お戯れをなさるな九尾ちゃんってば今度デートしよ。なんかもうグダグダになってきたしお開きにすっか〜」
はんっオトコなんぞチョロいわよ。
妖怪の大魔王とて妾の魅力にかかればデレデレじゃ。
妾は自分の城に帰って寝所で物思いにふけった。
心を惑わすのが得意な妾だって時には惑わされたい。男に恋してアレコレ悩まされるのも割と楽しいものよ。
妾を、そんな気持ちにさせる人間がひとりいる。
気まぐれで子狐に化け、山で遊んでた時のことじゃ。
「可愛いやつだ。黒砂糖でも食いな」
妾を見つけて微笑んで、人の男子が寄ってくる。
不覚にもキュンとして、妾は草場に身を潜めた。
「狐は懐かないよな。ここ置いておくぜ」
砂糖の欠片を岩に置き、彼は立ち去ってしまう。
口に入れたソレは甘く、ちょっぴり苦い恋の味。
「なんと愛いやつ」
以降も同じ場所で会い、おやつをもらって遊ぶ。
「お前、俺の手から食ってくれたの初めてだね?」
「こんっ」
「じゃ、コンって呼ぼう。お腹、撫でてもいい?」
「こんっ」
「あは、お前メスかぁ」
「こんこんっ」
ふたりきりの、ささやかなる逢瀬。
向こうは無論、妾のこと動物としか思っとらん。
アヤツの前で、妾はオボコ娘みたくシャイになった。正体を明かせず、もどかしいから別れると泣いちゃう。
そのうち彼は成長して、待てども来てくれなくなる。聞けば士官学校に入って、軍人さんになったっていう。
気づけば妾は枕を涙で濡らしておった。
「会いたいっ」
中国大陸の、とある戦場。
「中隊長どの、もはや……」
「ゆくか皆で、靖国へ……」
日本兵らは、大きな川を背にして進退窮まっていた。敵部隊に川上、川下へ回り込まれて猛攻を受けている。
残存する戦力で、正面突破は死と同義。
撤退したくとも、川を渡れば銃弾の的。
「真辺中隊長どの、ご決断を!」
「聞いてくれ諸君、切り込む!」
中隊長が汗を飛ばして雄々しく吼える。
折れた日本刀を抜き放つと敵軍を睨む。
「俺と一緒に死んでくれッ!!」
「我ら喜んでお供しますッ!!」
大和男子たちが、一丸となって死の行軍に乗り出す。
「いくな莫迦」
妾は敵味方の中央に顕現して、九本の尾を踊らせる。
「靖国になど、ゆかずともよい」
「なんだアレは!?」
驚いて立ち止まる中隊長こそ、我が愛しのあの男だ。
「女……なのか!?」
「英霊になど、ならずともよい……生きておくれ」
尾の先から火の粉を散らせて妾は舞う。
草木が次々と燃えて敵軍の進行を阻む。
「美しい」
一瞬だけ、妾に見惚れてから男は踵を返す。
「諸君よう、すまん! 俺が間違っていた、撤退だ!」
「応ッッ!!」
部下は皆、中隊長のあとに続いて水に飛び込む。
「戻るぞ……俺たち生きて……祖国へ帰るぞッッ!!」
昔と同様、眩しく笑う男子に妾はテレパシーを送る。
「うまかったぞよ……そなたがくれたもの……すべて」
終戦後、殺生石の下にこもって妾は泣いた。
「九尾様、お労しやぁ」
「まこと、お労しやぁ」
お外で、しもべの狐どもが口々にささやく。
「例の男、他の女とお幸せ」
「所詮は、星が違うたのよ」
あな恨めしや真辺 緑郎。
自己封印しなきゃ八つ当たりで世を滅ぼしちゃうよ。でも腹いせに末代まで女難の祟りをかけてやったもん。
せいぜい色んな女に惚れられちゃえバカ一族め。
そんで関係こじらせて困っちゃえばいいのよ〜。
「ぴえ〜んっ」
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