九尾コンコンコイ話

1/1
前へ
/90ページ
次へ

九尾コンコンコイ話

「では()れより族長会議を執り行う」  鼻高の男前(いけめん)なれども少々お堅い大天狗(オオテング)どのが仕切る。 「今日の主題は日本帝国の戦争に参戦すべきか否かだ」 「(タヌキ)族は金輪際(こんりんざい)……出兵などせんぞ」  大狸の親分どのはご立腹の様子でデカい腹を鳴らす。 「日露戦争の(おり)……多大なる貢献(こうけん)をした軍隊狸たちに、日本人どもは感謝するどころか天狗になりおったわい。今度もますます増長して山や森を削って住処(すみか)も奪うし、他国への侵略行為に熱を上げとるし愛想が尽きたわい」 「人間のたとえに天狗を持ち出したのは悪口か?」 「許されよ大天狗どの決してそういう意味じゃあない。恩を(あだ)で返されとるのは貴殿の一族も同じであろう?」 「いかにもだが我ら天狗族は既に()せ参じる気満々だ。戦の主力が空母(くうぼ)艦載機(かんさいき)となれば神通力の見せ所ゆえ」  ここで大天狗どのと大狸どのが同時に(わらわ)を見た。 「白面金毛九尾(はくめんきんもうきゅうび)(キツネ)どの、貴女の結論や如何(いか)に?」 「貴女がその気になれば、一国の転覆(てんぷく)など容易(たやす)かろ?」  ふたりは固唾を呑んで、妾の返答を待っておる。  こういう重苦しい空気、苦手なんじゃけどのう。 「妾は〜人間の国どうしの(いさか)いなんか興味ないも〜ん。てかこの会議つまらんし〜座ってるの疲れちゃった〜」  どっちらけ(・・・・・)。 「……ってことで狐族は保留(ほりゅう)にしてたも」 「幽霊(ゆーれー)族が来てないな? あの(・・)英雄(ひーろー)の意見も聞きたい」 「ホホッ、大天狗どのも神通力が衰えてボケたかえ? その英雄の作者さんは、ちょうど今ごろ戦場(ラバウル)じゃよん」 「イカン……(クダン)が話すコト(未来)とゴッチャになっておった」  照れる大天狗どのの胸を妾がツンツンしたげちゃう。 「大天狗どのウッカリさんでカワイイ〜」 「お(たわむ)れをなさるな九尾ちゃんってば今度デートしよ。なんかもうグダグダになってきたしお開きにすっか〜」  はんっオトコなんぞチョロいわよ。  妖怪の大魔王とて妾の魅力にかかればデレデレじゃ。  妾は自分の城に帰って寝所(しんじょ)で物思いにふけった。  心を惑わすのが得意な妾だって時には惑わされたい。男に恋してアレコレ悩まされるのも割と楽しいものよ。  妾を、そんな気持ちにさせる人間がひとりいる。  気まぐれで子狐に化け、山で遊んでた時のことじゃ。 「可愛いやつだ。黒砂糖でも食いな」  妾を見つけて微笑んで、人の男子(おのこ)が寄ってくる。  不覚にもキュンとして、妾は草場に身を潜めた。 「狐は懐かないよな。ここ置いておくぜ」  砂糖の欠片(カケラ)を岩に置き、彼は立ち去ってしまう。  口に入れたソレは甘く、ちょっぴり苦い恋の味。 「なんと()いやつ」  以降も同じ場所で会い、おやつをもらって遊ぶ。 「お前、俺の手から食ってくれたの初めてだね?」 「こんっ」 「じゃ、コンって呼ぼう。お腹、撫でてもいい?」 「こんっ」 「あは、お前メスかぁ」 「こんこんっ」  ふたりきりの、ささやかなる逢瀬(おうせ)。  向こうは無論、妾のこと動物としか思っとらん。  アヤツの前で、妾はオボコ娘みたくシャイになった。正体を明かせず、もどかしいから別れると泣いちゃう。  そのうち彼は成長して、待てども来てくれなくなる。聞けば士官学校に入って、軍人さんになったっていう。  気づけば妾は枕を涙で濡らしておった。 「会いたいっ」  中国大陸の、とある戦場。 「中隊長どの、もはや……」 「ゆくか皆で、靖国(やすくに)へ……」  日本兵らは、大きな川を背にして進退窮(しんたいきわ)まっていた。敵部隊に川上(かわかみ)川下(かわしも)へ回り込まれて猛攻を受けている。  残存する戦力で、正面突破は死と同義。  撤退したくとも、川を渡れば銃弾の的。 「真辺(マナベ)中隊長どの、ご決断を!」 「聞いてくれ諸君(しょくん)、切り込む!」  中隊長が汗を飛ばして雄々(おお)しく()える。  折れた日本刀を抜き放つと敵軍を睨む。 「俺と一緒に死んでくれッ!!」 「我ら喜んでお供しますッ!!」  大和(やまと)男子たちが、一丸となって死の行軍に乗り出す。 「いくな莫迦(ばか)」  妾は敵味方の中央に顕現(けんげん)して、九本の()を踊らせる。 「靖国になど、ゆかずともよい」 「なんだアレは!?」  驚いて立ち止まる中隊長こそ、我が愛しのあの男だ。 「女……なのか!?」 「英霊になど、ならずともよい……生きておくれ」  尾の先から火の粉を散らせて妾は舞う。  草木が次々と燃えて敵軍の進行を阻む。 「美しい」  一瞬だけ、妾に見惚(みと)れてから男は(きびす)を返す。 「諸君よう、すまん! 俺が間違っていた、撤退だ!」 「(おう)ッッ!!」  部下は皆、中隊長のあとに続いて水に飛び込む。 「戻るぞ……俺たち生きて……祖国へ帰るぞッッ!!」  昔と同様、眩しく笑う男子に妾はテレパシーを送る。 「うまかったぞよ……そなたがくれたもの……すべて」  終戦後、殺生石(ふういん)の下にこもって妾は泣いた。 「九尾様、お(いたわ)しやぁ」 「まこと、お労しやぁ」  お外で、しもべの狐どもが口々にささやく。 「例の男、他の女とお幸せ」 「所詮(しょせん)は、(ホシ)(ちご)うたのよ」  あな恨めしや真辺 緑郎(ロクロウ)。  自己(セルフ)封印しなきゃ八つ当たりで世を滅ぼしちゃうよ。でも腹いせに末代(まつだい)まで女難(じょなん)の祟りをかけてやったもん。  せいぜい色んな女に()れられちゃえバカ一族め。  そんで関係こじらせて困っちゃえばいいのよ〜。 「ぴえ〜んっ」
/90ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加