52人が本棚に入れています
本棚に追加
おうちにかえる、妾の話
「殺生石……割れたぁ〜!」
妾は解放感に包まれて伸びをする。
「久々の……娑婆じゃ〜!」
失恋の悲痛を抑え込むべく自らかけた封印とはいえ、やっぱ自由に外出できるって素晴らしいことじゃよね。
「てか今いつ頃?」
体感的に割と長く不貞寝してたと思う。
人の世の変化が気になって従者を呼ぶ。
「これ誰かある?」
「九尾様、ここに」
と真っ先にドロンと現れしは秘書官の八尾ちゃんだ。
「八尾ぃ、なんか最近で面白いことあったかえ?」
「ころな、という流行り病で令和は乱れておりまする」
「ころね? 知らぬけどそんなの妾が収束させたるわ」
「さらに、九十九町が死者による動乱でテンテコ舞い。米国では、得体の知れぬ異能者どもが暴れております」
九十九町で怪異など毎度のことで珍しくもないゆえ、アメリカのほうが興味深くて妾ワクワクしてきたぞぉ。
「よっし、いっちょ渡米すっか」
「ははぁ、この八尾めもお供いたしまするぅ」
そういうノリでさっそく出発した。
神通力でひとっ飛びできるのにわざわざ人間に化け、ちゃんと飛行機に乗ってこそ旅のロマンというものよ。妾は苦い思い出あってもお気に入りの金髪美女の姿で、八尾は茶髪ポニーテールの美少女キャラに化けておる。
「はちびーはちびー♪ はちびー♪」
「はちびーを食べるとー♪ って九尾様やめて♡」
「その子メチャ推すじゃんね八尾お前な」
「良い子なんですよマジでアニメも観てください」
会わない間にすっかりオタクになりおって。
楽しく喋ってるうちにアメリカに到着じゃ。
「ニューヨーク!」
ゴキゲンな白昼の大都会で妾は腕を広げて叫ぶ。
テンションをアメリカナイズしていくってのは大事。アジア妖怪らしくお淑やかにしてたらナメられるでの。
「ちょっと恥ずかしいですよぅ九尾様ぁ」
「何を怯んでおる八尾お前もテンションぶち上げぬか。郷に入っては郷に従えって知らないのかぁいハニー!」
「ハニー? 九尾様……そのような呼び方ぁん♡」
「今のキミは素敵さ……シャル・ウィ・ダンス?」
八尾の手をとって街中でクルクル踊り始めていると、赤いアンダーリム眼鏡をかけた短髪少女に反応もらう。
「ジャパニーズ・コスプレイヤーさんですか!?」
雰囲気的にどうやらアメリカのオタクガールらしい。八尾は元より妾もキツネ耳と尻尾と巫女装束だしのう。
「てかツーカイちゃんですよねマジヤバ可愛い!」
「わかりまするか? 嬉しいけど照れまするぅ♪」
八尾……とられちゃった……なんか寂しい。
凄まじい爆発音を轟かせて数台の車が宙を舞う。
燃えながら吹っ飛んできた鉄塊を妾は辛くもかわす。
「事故か!?」
暴走や玉突きなんかの規模でないのは一目瞭然。
見ると道路で奇っ怪な連中が群れ成して暴れていた。トランプ兵とかカラフル巨大猫とかフザケとんのか!?
我先にと災禍から逃れようとする市民たちに交ざり、ひとりだけ異質な雰囲気を放つ存在が歩み寄ってきた。長いストレートのブロンドに空色リボンカチューシャ、小柄な体にエプロン付きの真っ青なドレスを纏う少女。
しかし本質は我ら人外に限りなく近い!
「ハロー、人魚姫」
小粋な挨拶と拳銃を構える動作は同時!
短髪少女が胸を撃たれて八尾も流れ弾を受けた!
「八尾ぃ! おのれ許さぬ死ねい!」
妾はアリスもどきに向けて、神通力の波を放つ。
ただちに心臓が止まるはず、なのに奴は倒れぬ!
「お姉さん? 僕に何かした?」
「ウソだろ? 腹痛もないの?」
ショックのあまり後ずさる妾の横で八尾が叫ぶ。
「九尾様! 八尾は平気ですけど!」
八尾の心配は無用だった。
短髪少女も死んでいない。
それどころか眼鏡越しの瞳に殺気をみなぎらせつつ、複数の穴が開いた衣服を大胆にも脱ぎ捨てて裸となる。
「不思議のキャロル!」
銃弾を内に取り込んだ半固形状の静水みたいな体は、両脚を結合させて鱗で包み込んで魚の下半身へと変化。
「マリナ様ナメんな!」
ドロドロに溶かしたアスファルトの海を泳いで渡り、マリナがキャロルに飛びかかって魚の尾で蹴りかかる。
「楽しそうじゃないか」
涼やかな声とともに乱入者は飛来してきた。
外ハネ赤毛と緑のフライトジャケットのヅカ系女が、振りおろす長剣で小娘二名を引き離すように割り込む。
「「誰だアンタ!?」」
「オレはリリアン! ピーターパンの異能者ってやつ。弱いのはどっちだ? 負けそうな子の味方してやるっ」
三つ巴の争いに巻き込まれて平和が破壊されてゆく。
「ええ加減にせいよ貴様ら」
まとめてサイコキネシスで脳を潰して殺す!
と思っても妾の力はまたも不発に終わった!
「ダメです九尾様……八尾もさっきからやってるのに、どの術も弾かれて……効かないです世界観が違うから」
えーんと嘆く部下の声に激しい地響きが重なる。
巨大ロボがビルを倒壊させて立ち上がっていた。
手のひらに乗せてる美女に従っとるみたいじゃ。
「もうヤダこの国……そりゃ日本も負けるわ……」
妾は諦めの境地で雲ひとつない青空を仰ぐ。
帰ろ、帰ろ。
おウチへ、かーえろ。
最初のコメントを投稿しよう!