おうちにかえる、妾の話

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おうちにかえる、妾の話

殺生石(フーイン)……割れた(・・・)ぁ〜!」  (わらわ)は解放感に包まれて伸びをする。 「久々の……娑婆(しゃば)じゃ〜!」  失恋の悲痛(ショック)を抑え込むべく自らかけた封印とはいえ、やっぱ自由に外出できるって素晴らしいことじゃよね。 「てか今いつ頃?」  体感的に割と長く不貞(ふて)寝してたと思う。  人の世の変化が気になって従者を呼ぶ。 「これ誰かある?」 「九尾様、ここに」  と真っ先にドロンと(・・・・)現れしは秘書官の八尾(はちびー)ちゃんだ。 「八尾ぃ、なんか最近で面白いことあったかえ?」 「ころな、という流行り病で令和は乱れておりまする」 「ころね(・・・)? 知らぬけどそんなの妾が収束させたるわ」 「さらに、九十九町が死者による動乱でテンテコ舞い。米国では、得体の知れぬ異能者(・・・)どもが暴れております」  九十九町(あの土地)で怪異など毎度のことで珍しくもないゆえ、アメリカのほうが興味深くて妾ワクワクしてきたぞぉ。 「よっし、いっちょ渡米すっか」 「ははぁ、この八尾めもお供いたしまするぅ」  そういうノリでさっそく出発した。  神通力でひとっ飛びできるのにわざわざ人間に化け、ちゃんと飛行機に乗ってこそ旅のロマンというものよ。妾は苦い思い出あってもお気に入りの金髪美女の姿で、八尾は茶髪ポニーテールの美少女キャラに化けておる。 「はちびーはちびー♪ はちびー♪」 「はちびーを食べるとー♪ って九尾様やめて♡」 「その(キャラ)メチャ()すじゃんね八尾お前な」 「良い子なんですよマジでアニメも観てください」  会わない間にすっかりオタクになりおって。  楽しく喋ってるうちにアメリカに到着じゃ。 「ニューヨーク!」  ゴキゲンな白昼の大都会で妾は腕を広げて叫ぶ。  テンションをアメリカナイズしていくってのは大事。アジア妖怪らしくお(しと)やかにしてたらナメられるでの。 「ちょっと恥ずかしいですよぅ九尾様ぁ」 「何を怯んでおる八尾お前もテンションぶち上げぬか。(ごう)に入っては郷に従えって知らないのかぁいハニー!」 「ハニー? 九尾様……そのような呼び方ぁん♡」 「今のキミは素敵さ……シャル・ウィ・ダンス?」  八尾の手をとって街中でクルクル踊り始めていると、赤いアンダーリム眼鏡をかけた短髪少女に反応もらう。 「ジャパニーズ・コスプレイヤーさんですか!?」  雰囲気的にどうやらアメリカのオタクガールらしい。八尾は元より妾もキツネ耳と尻尾と巫女装束だしのう。 「てかツーカイちゃんですよねマジヤバ可愛い!」 「わかりまするか? 嬉しいけど照れまするぅ♪」  八尾……とられちゃった……なんか寂しい。  凄まじい爆発音を(とどろ)かせて数台の車が宙を舞う。  燃えながら吹っ飛んできた鉄塊(てっかい)を妾は(から)くもかわす。 「事故か!?」  暴走や玉突きなんかの規模でないのは一目瞭然。  見ると道路で奇っ怪な連中が群れ成して暴れていた。トランプ兵とかカラフル巨大猫とかフザケとんのか!?  我先にと災禍から逃れようとする市民たちに交ざり、ひとりだけ異質な雰囲気を放つ存在が歩み寄ってきた。長いストレートのブロンドに空色リボンカチューシャ、小柄な体にエプロン付きの真っ青なドレスを纏う少女。  しかし本質は我ら人外(バケモノ)に限りなく近い! 「ハロー、人魚姫(・・・)」  小粋な挨拶と拳銃を構える動作は同時!  短髪少女が胸を撃たれて八尾も流れ弾を受けた! 「八尾ぃ! おのれ許さぬ死ねい!」  妾はアリスもどきに向けて、神通力の波を放つ。  ただちに心臓が止まるはず、なのに奴は倒れぬ! 「お姉さん? 僕に何かした(・・・・)?」 「ウソだろ? 腹痛もないの?」  ショックのあまり後ずさる妾の横で八尾が叫ぶ。 「九尾様! 八尾は平気ですけど!」  八尾の心配は無用だった。  短髪少女も死んでいない。  それどころか眼鏡越しの瞳に殺気をみなぎらせつつ、複数の穴が開いた衣服を大胆にも脱ぎ捨てて裸となる。 「不思議(アリス)のキャロル!」  銃弾を内に取り込んだ半固形(ゼリー)状の静水みたいな体は、両脚を結合させて(ウロコ)で包み込んで魚の下半身へと変化。 「マリナ様ナメんな!」  ドロドロに溶かしたアスファルトの海を泳いで渡り、マリナがキャロルに飛びかかって魚の尾で蹴りかかる。 「楽しそうじゃないか」  涼やかな声とともに乱入者は飛来してきた。  外ハネ赤毛と緑のフライトジャケットのヅカ系女が、振りおろす長剣(サーベル)で小娘二名を引き離すように割り込む。 「「誰だアンタ!?」」 「オレはリリアン! ピーターパンの異能者(テラー)ってやつ。弱いのはどっちだ? 負けそうな子の味方してやるっ」  三つ(どもえ)の争いに巻き込まれて平和が破壊されてゆく。 「ええ加減にせいよ貴様ら」  まとめてサイコキネシスで脳を潰して殺す!  と思っても妾の(パワー)はまたも不発に終わった! 「ダメです九尾様……八尾もさっきからやってるのに、どの(じゅつ)も弾かれて……効かないです世界観が違うから(・・・・・・・・)」  えーんと嘆く部下の声に激しい地響きが重なる。  巨大ロボ(・・・・)がビルを倒壊させて立ち上がっていた。  手のひらに乗せてる美女に従っとるみたいじゃ。 「もうヤダこの国……そりゃ日本も負けるわ……」  妾は諦めの境地で雲ひとつない青空を仰ぐ。  帰ろ、帰ろ。  おウチへ、かーえろ。
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