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秘密や心の中で思っていたことを打ち明けること。by図書室の国語辞典より
秘密なんて持ってないし、心の中で思ったことはすぐに口に出してしまうから俺には告白なんてできないんだろうと思っていた。
朝、屋根の雪が落ちる音で目が覚めた。誰かが重たい鞄をぶっきらぼうに投げ捨てたかのような投げやりな音は、自分が投げやりに扱われているように思えて嫌な感じがした。布団の中から右手を出してエアコンのスイッチを入れる。ピッと音が聞こえるがこれは灯りの音で、部屋が明るくなった。エアコンのスイッチはどこだろうと右手をもう少し出してみて当たりを触るが見つからない。
ピッ。
室外機の動く音が聞こえだした。俺はまだリモコンを探せていない。
「いつまで寝てんの?遅刻するよ。」
布団の横に足が見える。そのまま上を見上げると将人の怒ったような困ったようなしょうがないなあという顔が見えた。
「まだ目覚まし鳴ってないから大丈夫だろ。」
「勇飛の目覚ましのセットの時間って本当にギリギリのギリギリじゃん。朝ごはん食べる時間ないじゃんか。」
「学校で食べればいいかなーって。」
「朝は余裕をもってご飯を食べたほうがおいしく感じるよ、ほら、起きて。」
布団から肘までしか出ていなかった右手を引っ張られる。寝起きと身支度がすでにできている奴とでは力の強さは歴然だ。いつもなら勝てるはずなのに簡単に引っ張り出されてしまった。
「まだ寒い。」
「動けば温かくなるよ。ほらほら顔洗って。」
タオルを渡され洗面台に向かわされる。蛇口を捻って温かいお湯を待つが
一向に水しか出ない。手の感覚がなくなりそうだ。
「水なんですけど。」
「あ、給湯器のスイッチ押してなかった。」
将人がスイッチを入れる。水がぬるま湯ぐらいにはなった。
「いちいち、スイッチ消したり付けたりするのってだるくないか?付けっぱなしでよくない?」
「でも、節約のためにこまめに消した方がいいって大家さんが言っていたよ。」
「節約ね、」
「お金は大事だよ。今後のためにもね。」
今後のため、それは俺たち二人のため、二人の将来のため、と言うことなんだろうな。
熱湯にはならなかった蛇口を締めて台所に向かう。テーブルにはコーヒーと食パンとバナナとヨーグルトが置かれていた。節約大好きな勇飛が買ってきたものだからヨーグルトの蓋にはでかでかと半額シールが輝いていた。
「「いただきます。」」
衣替えが済んでみんなが黒くなった頃、外の景色は鮮やかな黄色や赤色で賑わっていた。すぐに帰るでもなく、かと言って用事があるわけでもなく、宙ぶらりんな時間を持て余している放課後の時間だった。
「将人。」
「なに?」
「こないだ、大崎たちが言ってたんだけど。」
「うん。」
「将人が、俺のこと好きだって言ってったって。」
「あー、うん。」
「それって、ホント?」
「好きか嫌いかで言えば好きかな。」
「ふーん。」
「勇飛は?それ聞いてどう思ったん?」
「うー、ん-、嫌ではなかったかな。」
「じゃあ、俺たち両想いってやつ?」
「嫌いではない、だからそれがすぐに好きっていう感情と結びつけるのは安直過ぎじゃないか?」
「これから、好きになればいいじゃん。」
と言うことでよろしくと、握手を求められたのが去年の秋の頃だった。
あの頃はまだ学生服で、1年間で20cm伸びて丈が間に合っていなかった俺と、大きくなることを見越して買ったわりにはなかなかにどうしてブカブカなままの勇飛がいた。
それからは、同じ志望大学だったこともあり、一緒に受験勉強して、一緒に合格して、一人暮らしよりかは安く済むということでルームシェアをすることになって今に至る。
勇飛のことは嫌いではない、が、直接好きだと言ったことはまだない。嫌いではないが好きというわけではないと、まだ頭の中でゴチャゴチャ考えている。
「将人って、俺のこと好きなんだよな。」
「あらたまって、何?好きだから一緒にいるんじゃん。」
「あー、そっか。嫌いなやつとは一緒にいたくないもんな。」
「勇飛は嫌になったのか?」
「まだなってない。」
まだって何だよ。と、将人がテーブル下で俺の足を蹴ってきた。身長が違うからと椅子のサイズをそれぞれに合ったものにしようと言ったのに、将人は今から伸びるかもしれないと、俺の大きさに合わせた椅子にした。椅子の奥まで座ると将人の足が宙ぶらりんになっている。そのまま反動をつけてよく俺の足を蹴ってくる。
早起きだが、その分めっちゃ早寝なところ。半額のヨーグルトを見つけて喜んでいるところ。まだ身長が伸びると信じているところ。わざと足を蹴ってくるところ。
「好きかもしんない。」
「え、今日のヨーグルトの無花果味好みだった?俺も結構好きかも。」
「そうじゃなくて、」
「ん?」
「将人のことが。」
「・・・・。」
まさかの無言。黙られるとは思っていなかった。
「ダメだった?」
「ダメとかじゃないけど。」
「俺人生初めての告白だったんだけど。」
「俺だって、人生初めての告白された方なんだけど。」
「返事は?貰えないの?」
「俺はずっと好きだって言ってんじゃん。」
「じゃあ、俺たち両想いってやつ?」
嬉しくてなのか、照れているからなのか、今日はたくさん足を蹴られた。
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